生誕140年吉田博展 ~ 山と水の風景

会場
東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館
日にち
2017年8月3日(木)
会期
…前半:2017年7月8日~30日
 後半:2017年8月1日~27日
感想
…実は今まで吉田博を知りませんでした……ネットで偶然見かけた作品に惹かれて出かけたのですが、なかなかの人気ですね。平日でしたがお客さんは多かったです。会場入口に映像スペースが設けられていましたが(この美術館では珍しいです)満席でした。ただし、会場内は観覧スペースに余裕があるのと、作品が多くてお客さんがばらけていることもあってじっくり絵をみることはできました。
…展示数は181点で一般的な特別展より多いのですが、会期の前半/後半のみに出品される作品がそれぞれ66点あるため、東京の会場に限っても総出品数は247点。非常に大規模な回顧展で、これだけまとめて吉田博の作品を見ることが出来る機会はまずないと思います。展示の入れ替えをする理由としては、展示スペースの都合がまず考えられますが、そのほか出品者の事情や、油彩に比べて保管の難しい水彩画などは短期間の展示になっているのだろうと思います。図録は買いましたが、前半も行きたかったですね。
…個人的には水彩画が良かったです。日本の風景っていいなと思いました。技巧やモチーフについて、奇をてらわず写実に徹しているところが見やすいんでしょうね。対象への誠実なアプローチが、見慣れたはずの風景に美しさの再発見をもたらすのだと思います。それと、雨上がりであったり川のそばであったりと、水の気配がする風景が多くて、画面全体に漂う靄のような空気感と言うか、湿度が高い日本特有の風土がよく表現されていると思います。
…また、吉田は水辺の風景と共に、山を描いた作品も多いのですが、山の頂から眼前の尾根や雲海を目の当たりにしたような画面は臨場感に迫力十分で、当時の人はもちろん、現代の空撮映像に慣れた目で見ても風景のただ中にいるかのような臨場感にあふれています。
…吉田博は今日何よりも版画家としてよく知られているそうです。版画は通常下絵を描く絵師、版木を彫る彫師、紙に刷る摺師による分業で制作されるのですが、吉田は彫師や摺師の作業も監督して納得いくまで緻密な制作に取り組んでいたようです。同じ版木で色を変え、時間の経過を表現した「帆船」のシリーズなどはモネの連作を想起させますね。一般的な版画の摺り数が十度ぐらいなのに対して、吉田の版画は平均三十数度、中には百度近いものもあるとか。関係者のインタビュー映像で、吉田は絵を描くように版画を作っていたと語られていましたが、ブリューゲルが唯一自身で作成した版画「野ウサギ狩り」を見たときもそのように感じたことを思い出しました。量産が可能な版画は芸術であると共に製品の一面があり、プロの彫師や摺師の作業は一定の規格化がなされているのでしょう。しかし、オリジナルな作品を制作する画家は絵画と同様に、線や色の一つ一つに個性と根拠を求めるのだと思います。吉田の描く風景は画題により繊細であったり雄大であったりしつつ、どれも心穏やかに見られるものが多いのですが、それらの作品は自然を写し取る透徹した眼差しと気の遠くなるような緻密な作業の積み重ねに裏付けられていて、まさに「絵の鬼」だと感じました。
…ところで今回の出品作はいずれも日本の美術館または個人(図録に掲載されているお名前を確認した限りでは)の所蔵のようですが、吉田は生前欧米での評価が高かったとのことですから、海外でも優れた作品が所蔵されていそうです。吉田が渡米して初めて展覧会を開催したデトロイト美術館とか。ちょっと見てみたいですね。生誕150年の節目に里帰りするのを期待したいと思います。