展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

コートールド美術館展 魅惑の印象派 感想

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見どころ

…コートールド美術館はロンドン大学付属コートールド美術研究所の展示施設で、印象派・ポスト印象派の世界的なコレクションを所蔵しています。今回の展覧会は美術館の改修工事に伴うもので、コレクションの中核となる作品60点が来日しています。私はマネの《フォリー=ベルジェールのバー》を初めて見ることが出来たのですが、有名だけど実物は見たことがない、そんな名作を実際に目にするまたとない機会だと思います。また、コートールド美術館は美術研究・教育と結びついていることから、展示構成なども研究・調査の成果を取り入れ、作品を読み解くことを意識したものになっていて、作品をより深く理解したいという美術好きの求めにも応える内容となっています。
…コートールド美術館の中核となるコレクションを築いたサミュエル・コートールドは20世紀初頭にレーヨン産業で成功した実業家で、1923年から1929年にかけて印象派の作品を集中的に収集しました。当時、イギリスでは印象派はまだ評価が定まっていなかったのですが、コートールドは印象派について、この上なく平等で誰にでも開かれた、力強く躍動的な美術運動の一つだと考えていたそうです。芸術への情熱を共有していた妻エリザベスの死を機に、コートールドは1932年にはイギリスで初めての美術史を専門とする研究・教育機関ロンドン大学付属コートールド美術館を創設して、コレクションの大半を寄贈しましたが、コートールドの友人チャールズ・モーガンによると、「コートールドの願いは、一般の人々を目利きにすることではなくて、セザンヌやマネやルノワールの作品をとおして、私たちひとりひとりの個人の生活を詩情溢れるものにしてほしいということだった」そうです。芸術は日々のことに消耗し、疲弊した人々の心に穏やかな安らぎや生き生きとした彩りをもたらすものであり、その効果が広く行き渡ることで社会全体の安定や発展に繋がる、印象派やポスト印象派の作品はそうした力を持っているとコートールドは考えていたんですね。確かに、印象派の作品の明るく調和の取れた色彩や親しみやすく身近な主題は、時間も場所も遠く離れた日本人の私にも幸福感をもたらしてくれます。印象派の作品を見て嫌な気持ちになる人は余りいないと思いますが、いつ見ても、誰が見ても良いというのはとてもすごいことだと思います。
…私はプレミアムナイトで鑑賞したのですが、落ち着いてじっくり作品を見ることが出来て贅沢な時間を過ごさせてもらったと思います。会場内では写真撮影も可能で、時間帯は指定されていましたが、作品に制限はありませんでした。図録では作品を読み解く手がかりとして、主要な作品については透明なフィルムのページが添付され、鑑賞のポイントが分かりやすく解説されています。出品数は60点と多くはありませんが、関連資料も多く見応えのある内容です。所要時間は90分程度を見込んでおくと良いと思います。

概要

【会期】

…2019年9月10日~12月15日

【会場】

東京都美術館

【構成】

第1章 画家の言葉から読み解く
 …モネ、ゴッホなど
 収集家の眼① ポール・セザンヌ…《カード遊びをする人々》他
第2章 時代背景から読み解く
 …ブーダンピサロシスレーなど
 …ドガ《舞台上の二人の踊り子》
 …マネ《フォリー=ベルジェールのバー》
 収集家の眼② ピエール=オーギュスト・ルノワール…《桟敷席》他
第3章 素材・技法から読み解く
 …スーラ、ボナール、ロダンなど
 収集家の眼③ ポール・ゴーガン…《ネヴァーモア》他
…コートールド美術館は美術史の研究機関であるコートールド美術研究所の展示施設であり、展示構成も作品を読み解くという観点からの章立てとなっています。このため、モネは第1章と第2章に作品があり、セザンヌの作品は第1章と第3章、ドガの作品は第2章と第3章にまたがるという具合に、他の展覧会ではあまりない構成になっています。また、各章ごとに「収集家の眼」と題してコートールドが特に注目し、熱心に収集した画家の作品がそれぞれまとめられています。
印象派、ポスト印象派以外では、ナビ派やエコール・ド・パリの画家の作品も出品されていて、第3章に展示されています。ナビ派はゴーガンとの関連もあって収集したのかもしれないですね。
…出品作のジャンルは風景画が最も多くおよそ半分、ついで人物画の割合が高くなっています。静物画は少なめで、セザンヌの作品が中心を占めています。また、彫刻としてはロダンの作品のほか、ドガルノワールなどの作品も出品されています。

courtauld.jp

感想

風景画 自然を描く

…出品作を見ると風景画の占める割合が大きくなっていますが、近い時期に制作された同じ風景画というジャンルでも、それぞれの画家の特徴、技法の違いが出ていて興味深く感じました。

クロード・モネ《秋の効果、アルジャントゥイユ》(1873年)

…モネ《秋の効果、アルジャントゥイユ》は川岸の黄葉が青空に映える作品です。色づいた木々の葉は細かな筆遣いで描かれていて、秋の日差しを浴びてきらめいています。一方、水面には空と黄葉が映り込み、画面下半分でも色彩が対比されて、その効果が増幅されています。モネは川に浮かべたアトリエ舟からこの作品を描いたそうで、目の前の水面は色が濃く波も大きいのですが、遠ざかるにつれて次第に水の色は薄く明るく、波も小さくなっていく様子が表現されています。大気の中で震えるように輝く色彩と、さざ波立つ川面を染めて揺蕩う色彩とが感じられる作品だと思います。

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モネ《秋の効果、アルジャントゥイユ》

フィンセント・ファン・ゴッホ《花咲く桃の木々》(1889年)

ゴッホの《花咲く桃の木々》は早春のアルルの田園を描いたもので、柵の向こうの果樹園では桃が満開の花を咲かせています。画面手前の道や空に施された規則的な点描はリズミカルで、春の兆しに目覚めた生命の息吹や鼓動のようにも感じられます。この作品を制作していた時期、ゴッホはサン=レミの療養院に入院する直前で不安定な精神状態だったそうですが、緑に覆われた大地や青い山並みの上に白い雲がたなびく風景は明るく穏やかで、春の到来の喜びが表現されているように思いました。

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ゴッホ《花咲く桃の木々》

ジョルジュ=スーラ《クールブヴォワの橋》(1886~1887年頃)

…ジョルジュ=スーラ《クールブヴォワの橋》は新印象派の技法がよく分かります。桟橋に船が横付けされた川岸の風景なのですが、対象は微細な点描で描かれ、随所に施された白い点描の効果なのか全体としてパステルカラーのように感じます。輪郭線はなく、川の上を煙を上げて遠ざかる蒸気船はあたかも空気に溶けていくように見えます。

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スーラ《クールブヴォワの橋》

ポール・セザンヌ《大きな松のあるサント=ヴィクトワール山》(1887年頃)

セザンヌ《大きな松のあるサント=ヴィクトワール山》は麓に広がる田園の向こう、画面の中心に画家が繰り返し描いた故郷の山が堂々と座しています。前景の松の枝はサント=ヴィクトワール山を縁取るように大きく画面に張り出し、空を遮ることで遠近感をもたらしています。上述の画家たちと比べるとサント=ヴィクトワール山の稜線や松の木の枝などの輪郭ははっきりしていて、色彩は大気を透過することで青みがかり、大きめの筆痕は剥き出しの岩肌の隆起など物体のボリュームを表現しています。西洋美術で山岳が芸術の主題となるのはようやく18世紀のことで*1歴史は浅いのですが、厳かに聳える山の姿からは単なる岩の塊を超えた神々しさが感じられると思いました。

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セザンヌ《大きな松のあるサント=ヴィクトワール山》
人物画 都市の情景

…19世紀後半は産業革命が進展して社会も大きく変化した時代ですが、変貌した都市の生活や人々の姿をどのように捉えるか、画家によりそれぞれ切り口があり、関心のありようが表れているように思いました、

ピエール=オーギュスト・ルノワール《桟敷席》(1874年)

…オペラグラスを手に劇場のボックス席に座る男女。オペラグラスをのぞいている男性は眼下の舞台ではなく客席を見ているようですが、この時代の劇場は舞台を見る観客たちもまた見られる側だったそうで、女性の太めのストライプが目を引く洒落たドレスもそうした視線を意識したものなのでしょう。しかし、女性の表情は口元こそ微笑んでいるものの、少し表情が固いようにも感じられます。期待していた相手が見当たらずに落胆しているのか、あるいはその相手が別の女性を連れていたのか、そんなドラマを想像したくなる一枚だと思います。

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ルノワール《桟敷席》

エドガー・ドガ《舞台上の二人の踊り子》(1874年)

…一方、劇場の舞台の上ではエドガー・ドガ《舞台上の二人の踊り子》のようなショーが披露されていたかもしれません。舞台の上に身を乗り出すようなユニークな視点は、日本美術の影響を受けたものだそうです。舞台の下手側から上手側を望む構図で、上手側の二人の踊り子によって重心が右上に偏っているのですが、画面の余白は広い空間へと向かう踊り子達の動きを予感させます。床の上に対角線に伸びる線はセットを動かすためのレールでしょうか。舞台の照明を浴びて踊る踊り子達の一瞬のポーズを、繊細なタッチで描いている作品だと思います。

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ドガ《舞台上の二人の踊り子》

アンリ・ド・トゥールーズロートレック《ジャヌ・アヴリル、ムーラン=ルージュの入口にて》(1892年頃)

…アンリ・ド・トゥールーズロートレック《ジャヌ・アヴリル、ムーラン=ルージュの入口にて》はステージから降りたダンサーの素顔を捉えています。季節は冬なのでしょうか、手袋を嵌め、毛皮に縁取られたコートを着たジャヌ・アヴリルは伏し目がちに肩をすぼめて物憂げな表情に見えます。ひっそりとした佇まいで、細い顔が埋もれるような襟元や厚い外套は自分の身を守り、あるいは隠しているかのようにも感じられます。物思いの理由は分かりませんが、華やかな舞台で観客を湧かせるダンサーとしての顔とは異なる内省的な表情のほうが、実は彼女の本来の姿に近いのかもしれません。

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ロートレック《ジャヌ・アヴリルムーラン・ルージュの入口にて》

エドゥアール・マネフォリー・ベルジェールのバー》(1882年)

…この展覧会の一番の注目作、マネ《フォリー・ベルジェールのバー》は想像していたより大きなサイズに感じました。おそらく、印象派前後の画家たちの作品が、制作方法(しばしばカンヴァスを戸外に持ち出して制作)や購入者層(貴族からブルジョワへ)などの変化によって比較的小型のものが多いためでしょう。バーカウンターに手を突いて立つバーメイドの女性。背後は鏡張りで、店内の様子――談笑する大勢の客や豪華なシャンデリア、ショーが上演されているのかぶら下がる軽業師の足なども見えています。柱に取り付けられた丸い照明は、絵画に描かれた人工照明としては最も早い時期の一つになるそうです。本作の特徴の一つが画面の大部分を占めるこの鏡像で、実際は狭く浅い空間が、鏡の効果によって大きく広がって感じられます。また、モデルの女性と合わせて、その女性が見ている世界も一つの画面に収められ、同時に見ることができるという効果もあると思います。文字ではなく絵ですから、女性が何を考えているか具体的には分からないのですが、彼女の見ている世界はそれを知る手がかりにはなるでしょう。よく見ると、画面右側にはバーメイドの後ろ姿とともに、女性の前に立つ男性が映り込んでいます。この鏡像は初めもう少し女性の近くに描かれていたのですが、リアリティを無視してもあえて少しずらす修正をした理由は不明だそうです。ただ、離れることで仕掛けに気づくまでの時間差が生まれ、先ずは描かれたものに、次に隠された物語へとより深く作品に引き込まれるという効果はあると思います。バーメイドの女性は男性とどんな会話をしているのでしょうか。この作品の習作では、女性が男性のほうにはっきりと身体を向けて微笑んでいるのですが、完成作の女性は虚ろな目をして曖昧な表情を浮かべています。バーメイドの女性はアルコールの提供だけでなく、娼婦となることもあったそうなので、男性の誘いに迷いや躊躇いを感じているとも考えられます。粗いタッチでぼんやりと描き出された鏡の中の世界は、華やかな夜のパリの虚ろで儚い鏡像かもしれません。

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マネ《フォリー・ベルジェールのバー》
裸婦画 西洋美術の伝統と異国の文化

…裸婦は西洋美術の伝統的な主題の一つですが、モディリアーニとゴーガンはそうした伝統を踏まえつつ、異国の文化にも関心を持ち、作品に取り入れて描いています。一方で、両者の裸体に込められた意味の違いも感じました。

アメデオ・モディリアーニ《裸婦》(1916年頃)

モディリアーニの《裸婦》は赤い椅子に凭れて目を閉じ眠る裸婦を描いたものです。実際には不自然で苦しいポーズだと思いますが、傾けた首から腰、腿にかけて捻られた身体は、優美なS字の曲線をなしています。女性の肌が点描風の筆致によって丹念に、複雑な色合いで描かれているのは、モディリアーニが一時期彫刻制作に打ち込んでいて、鑿で少しずつ彫り進めていく方法を絵画に応用しているためなのだそうです*2。輪郭線は明瞭で、表情は簡略化した線で表現されていますが、近い距離から描かれた裸体は赤みを帯びた滑らかな頬や胸元の血管の透けるような白さ、腹部の丸みなど生々しさを感じさせ、鑑賞者=画家の視線に無防備に差し出されているかのような印象を与えます。独自の技法や異国の文化を取り入れつつ、女性の裸体の持つ普遍的で甘美な官能性を表現した作品だと思います。

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モディリアーニ《裸婦》

ポール・ゴーガン《ネヴァーモア》(1897年)

…ゴーガンの《ネヴァーモア》はタイトルも描かれた図像も謎めいた作品です。西洋絵画の伝統的な裸婦を思わせるポーズで、ベッドに横たわる褐色の肌の女性。背後の窓枠には黒い鳥が止まり、開いた戸口では二人の人物が顔を寄せ合って密やかに言葉を交わしているかのようです。窓の外に見える赤い奇岩はタヒチの山でしょうか。植物を図案化した装飾は壁やベッドなど画面全体にあしらわれていて、平面的な空間表現とあいまって無国籍的、あるいは非現実的な空間を演出しています。画面左上の壁に書かれた「NEVERMORE」の文字は、ポーの詩「大鴉」で恋人を失った主人公のもとに現れる大鴉の鳴き声に由来すると考えられているそうで、ベッドに横たわる女性の耳を塞ぐような仕草は鴉の鳴き声を聞かないためとも思えますが、ゴーガンは窓に止まった黒い鳥を「悪魔の鳥」であるとして詩と作品の直接的な関係を否定しているそうです。悪魔の鳥は不運や災厄をもたらすのか、悪徳・堕落に誘惑するのか、女性は忌まわしいものと知りつつ心から完全に追いやることは出来ない様子で、視線は背後へと向けられています。
…ゴーガンは、本作について手紙で「私はただありのままの裸体によって、かつて未開人がもっていたある種の豪華さを想起させたかった。全体をわざと暗くくすんだ色彩で覆っている。この豪華さをつくり出しているのは、絹でもビロードでも麻布でも金でもなく、画家の手によって豊かになったマティエールなのだ」と記しているそうです。文明の影響から解放された原始的楽園のイメージを求めてタヒチに渡ったゴーガンにとって、ありのままの裸体は自然から切り離される以前の無垢で純粋な原始の生命力の象徴だったのではないかと思います。それは文明に対してより劣った野蛮を意味するものではなく、豪華な衣装を纏った王侯の肖像にも匹敵するものであり、神話画に描かれる裸体のように崇高な物語や神秘的な象徴性を担いうるものなのでしょう。対して、窓辺から楽園を窺う「悪魔の鳥」は文明を暗示する存在であり、高度な文明のもたらす便利さ・快適さはある種の退廃と引き換えで、一度その果実を味わうと二度と引き返すことができないものであることを意味しているとも考えられます。ゴーガンが描きたかったのは良くも悪くも物珍しい、西洋のアンチテーゼとしてのタヒチの文物、風俗というより、西洋、非西洋を問わず原初の人間、あるいは時代を問わず、人間が本来持っているはずの失われた高貴さだったのかもしれません。

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ゴーガン《ネヴァーモア》

 

*1:ターナー 風景の詩』P133

*2:オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち』P92