展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

FREESTYLE2020 感想

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…「FREESTYLE2020」は大野智さんの約5年ぶり3度目となる個展で、過去2回の個展に出品された旧作(絵画約40点、立体作品約130点、写真約10点等)に絵画を中心とする新作20点以上を加えた幅広い内容の作品が出品されていました。
…作品は素材や技法が多岐にわたる一方で、特定のモチーフへの拘りが窺われ、特に顔への強い関心が感じられました。フィギュアは専ら顔だけ、全身が描かれている絵画の場合も顔が大きく、首から下は小さくデフォルメされていることがしばしばです。モデルが明らかな作品は少なくて、アノニマスな顔が多く見受けられましたが、誰かを表現することより、顔そのものへの興味があるのかもしれません。ただ、匿名だからといって没個性なのではなく、むしろアクの強い癖のある顔、表情であったりして、《グリーンヘッド》の顔などはなかなかに味があるとも思います。また、同じ型から作られたフィギュアであっても、あるものは歌舞伎役者の顔であり、別のものはピエロであったりと、ものによっては装飾が違うだけで別人のように見える場合もあります。いかに多様なキャラクターを生み出せるかシンプルに楽しんでいるようですが、大野さんは演技の仕事もされているので、一人の人間が別人のように変身することにある種の実感もあるかもしれません。私は肖像画などを見るとき内面が外見に滲み出ているとか、モデルの本質を捉えているといった外見に対する内面の優位を前提にしがちなのですが、こうした作品を見ることで、外見と内面の一体性や、装いや役割など外部からの働きかけによって個性や人格が作り出されている面についても考えさせられました。
ジャニー喜多川氏の肖像画は、作品集のインタビューによると報道などで知られている喜多川氏の写真を元に制作したとのことです。巷間に流布する著名人の写真をカラフルに着色した作品というとウォーホルが思い浮かんだりするのですが、本作の場合はカラフルに着色されたセルが全面に描かれているのが特に目を引きました。粗い画像を拡大したようでもあるこのセルは、新作の大型細密画などではさらに様式化されていますが、髷を結った子供を描いた作品の背面をびっしり埋め尽くしていた粒子のようなものが表に現れて進化したのかもしれません。インタビューで大野さんはこのセルについてデジタル的と答えていますが、鱗や細胞のようでもあり、有機的にも無機的にも見える効果があると思います。サングラスのフレームのヒンジが小さなハートマークになっていたのは可愛かったですね。
…大野さんの作品はユーモアと不気味さと可愛らしさで出来ていて、そのさじ加減がそれぞれの作品の色になっているように思います。初期作品のロボットのようなフィギュア《ガマドン》は、自転車のチェーンやラジカセの部品とおぼしきパーツなどから出来ていて、子供がガラクタ=宝物を集めて遊んでいるような無邪気さ、「真剣に遊ぶ」心が感じられました。小さなフィギュアは一つの展示ケースにまとまって展示されていたのですが、百体集まると一斉に喋り出すか、歌い出しそうにも見えました。ただの作られたモノではなく、生きている気がしてくるんですよね。だから外に連れ出してみたくなるのかもしれない。ケースの中で展示されているフィギュアはカラフルで奇抜な装飾が目を引くのですが、街や自然の風景の中では意外なぐらい馴染んでいたのも面白かったです。
…今回の個展のために制作された最新作の多くは複数の色彩のみで構成された抽象的な絵画が多く、どんな順番で描いていったか絵具の跡を辿っていくのが面白かったです。写真ではない絵画は見えないもの、形のないものを描くことも出来るのですが、捉えどころのない混沌としたエネルギーを表現しているようにも見えます。もっとも、インタビューによると描きたいものがない状況がしばらく続いているなかで、考えすぎずにやってみようと思ったと答えていて、その言葉を素直に受け取って見るのが良いのかもしれません。実はインタビュー中で一番印象に残ったのはこうした一連の作品について、「あれ、簡単なんだよ」とあっけらかんと言い切った一言です。理屈をこねて勿体ぶらない。絵画の秘密、芸術の持つ神秘性に無頓着なんですよね。「そこ」から「自由」であるって、なかなか難しいことなんですが。
…美術作品はしばしば、社会的に広く共有されるような普遍的哲学的な主題を洗練された手法で表現することを目指し、あるいは求められたりするのですが、大野さんの作品はあくまで個人の経験、感情や好みに基づいた題材が作家の生理と直結した技法によって表現されているように感じられました。手の仕事が感じられる作品は鑑賞者の身体感覚に訴えてきますし、作る喜びにのみ忠実な作品の内包する非論理的な混沌を通して私たちは世界の豊かさを垣間見ることができるように思います。美術は本来そういうものであって良いはずだと個人的には思いました。
…新作の大型細密画は作品集のインタビューによると2週間程度で制作されたそうで、その集中力に驚かされます。インタビュー及び制作過程の写真を見ると、黒く塗った地の上から白いペンで思いついたモチーフをランダムに描いていったようで、同じ手法で描いた作品はあるものの、本作自体の下絵はなさそうなんですよね。下絵があってもあの大きさを短期間であの密度に仕上げるのはすごいと思うのですが、下絵なしなら尋常ではないと思います。描かれたモチーフは自身が過去に手掛けたフィギュアや絵画からの引用もあれば、仏教若しくはヒンズー教的なモチーフもあり、意味が読み取れそうな部分もありますが、出典の見当が付かないものもありました。時計の時刻については、インタビューによると20時20分=2020年を意味するとのことで、ちょっとした機知を働かせれば分かる仕掛けなどもあるのでしょう。個人的には個別のモチーフの意味より過剰なまでの図、氾濫するモチーフによって埋め尽くされた画面全体に圧倒される印象を受けました。インタビューでご本人も細密画が好きだと答えていますが、この人にしか描けない世界だろうと思います。
…最後の映像作品は大野さん自身によるパントマイムで、閉じ込められた箱から出ようとするたび引き戻されて操られることを繰り返し、最後に暗転したあと箱から出てくるという内容は、人気アイドルグループの一人として活動してきた自分自身を表現していると思われます。スクリーンに複数の画面が映し出されて、それぞれの角度から大野さんを捉えているのも、常にあらゆる人から見られている状況を示唆しているのでしょう。人の顔に強い関心がある一方で自画像はほとんど描かない(出品作では《怪物くん》ぐらいでしょうか)のかなと思って見ていたのですが、大野さんは何より雄弁に自分を表現する手段を持っている人であることを思い出しました。
…会場内では出品作品が過去いつの個展に出展されたかは表示されていましたが、タイトルはなく、作品集にも出品リストの記載はありませんでした。愛称が付いている作品もいくつかあるようですが、ほとんどの作品は無題なのかもしれません。できれば出品リストを作成して番号だけでも付けていただけると助かりますし、制作年、素材・技法などのデータも付記していただけると参考になるのでお願いしたく思います。