展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

生誕150年 横山大観展 感想

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見どころ

…この展覧会は横山大観(1868年~1958年)の生誕150年、没後60年を記念した回顧展です。92点(うち本画84点、資料8点)の出品作品は全て大観の作品で、見どころは水の一生を描いた水墨画で全長40メートルを超える日本一長い画巻「生々流転」(重要文化財)の一挙公開、「夜桜」「紅葉」の同時展示(5/8~5/27)、「白衣観音」「彗星」など新たに見つかった作品の公開です。
…混雑が予想される展覧会で、個人的には行くかどうか直前まで迷ったのですが、行って良かったです。日本美術というと繊細でこじんまりとした作品をイメージしがちな私の先入観が良い意味で覆されて、大観のユニークな個性とスケールの大きさ、作品に傾ける情熱を感じることができました。比喩的に作品からエネルギーをもらうという言い回しをすることはありますが、見る前より見終わったあとのほうが本当に元気になる展覧会というのは初めてで、絵は実物を見なければならないと改めて思いました。

 

 

概要

会期

…2018年4月13日~5月27日

会場

東京国立近代美術館

構成

 第1章 「明治」の大観
 第2章 「大正」の大観
 第3章 「昭和」の大観
…回顧展ということもあり、構成は年代順に大きく三つに分かれています。第1章は若い大観が新しい技法や斬新な画題に積極的に取り組んだ時代、第2章は伝統を継承しつつ変化を加え、大観の個性が確立された時代、第3章では画壇を代表する画家として代表作を産み出した時代で、それぞれの時期を代表する作品が展示されています。

展示期間別作品一覧

…出品リストを元に、出品作の展示期間を一通り整理してみました。作品名の前の数字は出品番号です。個人的に作成したものですので、ご参考程度に願います。正確な情報は展覧会特設ページ上の出品作品のリストをご確認ください。

全期間展示

  7 秋思
 15 迷児
 18 ガンヂスの水
 19 杜鵑
 21 布袋図
 22 白衣観音
 25 瀑布(ナイヤガラの滝・万里の長城
 26 水国之夜
 35 山茶花と栗鼠
 36 松並木
 47 秋色
 59 生々流転 小下絵
 60 生々流転
 66 夕顔
 67 飛泉
 69 柚子
 77 海に因む十題のうち 波騒ぐ
 85 南溟の夜
 88 被褐懐玉
 89 或る日の太平洋
 90 霊峰飛鶴

4/13~4/19

  4 無我
 33 瀟湘八景《東京国立近代美術館

4/13~4/25

 27 横山大観・下村観山・木村武山・寺崎広業・川合玉堂 花卉線香
 29 菱田家 みちしるべ 

4/13~5/6

  3 寂静
  6 屈原
  8 夏日四題のうち 黄昏
  9 井筒
 12 月下牧童
 13 横山大観菱田春草・寺崎広業・西郷孤月 名家寄書き
 17 帰帆
 24 月下の流
 30 山路《永青文庫
 32 彗星
 40 焚火
 43 荒川絵巻(長瀞之巻)
 48 群青富士
 53 霊峰十趣のうち 春
 54 霊峰十趣のうち 秋
 55 霊峰十趣のうち 夜
 56 霊峰十趣のうち 山
 57 柿紅葉
 58 胡蝶花
 63 雪旦 
 64 朝陽霊峯
 71 龍蛟躍四溟 小下絵
 72 龍蛟躍四溟
 74 春園之月 習作
 75 春園之月
 76 海に因む十題のうち 濱海
 79 山に因む十題のうち 乾坤輝く
 80 山に因む十題のうち 龍躍る
 83 野に咲く花二題(蒲公英・薊)
 87 春光る(樹海)
 92 風蕭々兮易水寒

4/13~5/13

 34 放鶴

4/20~5/13

 37 瀟湘八景《茨城県立近代美術館》

4/20~5/27

  5 菊児童

4/26~5/6

 28 横山大観・下村観山・木村武山・寺崎広業・川合玉堂菱田春草 月夜

5/8~5/27

  1 村童観猿翁
  2 武蔵野
 10 朝顔日記
 11 曳船
 14 隠棲
 16 海―月明かり
 20 赤壁
 23 流燈
 31 山路《京都国立近代美術館
 42 竹雨
 43 荒川絵巻(赤羽之巻)
 45 雲去来 習作
 46 雲去来
 49 洛中洛外雨十題のうち 堅田暮雨
 50 洛中洛外雨十題のうち 辰巳橋夜雨
 51 洛中洛外雨十題のうち 三条大橋
 52 洛中洛外雨十題のうち 宇治川雷雨
 62 百合
 68 夜桜
 70 紅葉
 73 野の花
 78 海に因む十題のうち 海潮四題・秋
 81 山に因む十題のうち 霊峰四趣・春
 82 山に因む十題のうち 霊峰四趣・秋
 84 中秋無月(天心先生歌意)
 86 漁夫
 91 風蕭々兮易水寒《名都美術館》

5/15~5/27

 38 若葉
 39 游刃有余地
 41 柳蔭
 44 作右衛門の家

京都展のみ出品

 61 鸜鵒(クヨク)
 65 菊花
…本展の出品数は92点ですが、京都展のみの出品作が2点あるため、東京展で見られるのは90点となります。会期中全期間を通じて見られるのは21点で、それ以外は期間中に展示替えがあります。今回、私が見ることのできた作品は57点でした(4/14)。仮に東京展で見られるものを全部見ようとした場合、4/13~19、4/26~5/6、5/15~5/27の各期間に1回ずつ、計3回会場に足を運ぶ必要がありそうです。リピートできれば一番良いのでしょうが、事前に作品リストを確認の上、見たい作品をある程度絞っておくほうが良いでしょうね。私は西洋美術の展覧会を見に行くことが多くて、日本美術の展覧会については不案内なのですが、おそらく日本美術の場合は作品がよりデリケートで展示期間が短い場合が多いのだろうと思います。

感想

屈原

屈原は古代中国の詩人・政治家で、主君への諫言が受け入れられずに追放され、不遇をかこつなかで「離騒」、「九歌」などの名作を残しました。潔白の象徴である蘭の花を手に、眦をつり上げて前を睨む表情からは胸に滾る悲憤が伝わってきますが、作品の発表当初は高潔な人格者である屈原を感情的に表現したことで批判も受けたそうです。また、表情だけにとどまらず、大観は新しい日本画を作り出すため、描こうとする人物の感情や主題の気分を画面全体で表現することに取り組みました。この作品は「九歌」のうち、山に棲む女性の精霊の憂愁を詠んだ「山鬼」の情景に基づいているそうで、詩文そのものは屈原の身の上と直接の関係はないものの、翻る衣、風に撓る草木や飛び立つ鳥、沸き立つ雲、暗い空と降りしきる雨といったモチーフが渦巻く感情の激しさと見事に呼応していると思います。一方で、向かい風に逆らって立つ孤高の姿からは、騒がしい世の中にあって信念を貫く揺るぎない意志も感じられます。大観は屈原の姿に東京美術学校を辞職した恩師の岡倉天心の心情を重ねて描いたそうで、日本美術院の記念碑的意味も併せ持つこの作品は会場でも一番最初に展示されていました。

「帰帆」

…朧に霞む太陽に向かって帆を掲げ、母港を目指す二艘の船。波は静かで、穏やかな帰路になりそうです。帆の上を飛ぶ鳥たちも故郷に向かう旅の途上なのでしょうか。大観は菱田春草と共に色をぼかし重ねたり、金銀泥を刷いたりして、大気や光の織りなす繊細な情趣を表現する「朦朧体」という技法に取り組みましたが、確かにこの作品には輪郭線がほとんど見当たりません。帆の隙間から船体が垣間見えている部分など、細かい工夫も感じられます。この「朦朧体」ですが、もともと輪郭線がなく何を描いているのか曖昧だという非難の言葉だったそうで、そう言えば西洋美術の「印象派」も最初は批判の意味で用いられた言葉だったのが定着したものであることを思い出しました。空も海も光に溶解して境目のないなか、僅かに白く波立つ航跡によって空間の奥行きが生まれ、最小の表現で無限の広がりが感じられる作品だと思います。

「彗星」他

…天頂から白く長い尾を引いて、山並みの上でひときわ明るく輝く彗星。大観は明治43(1910)年に現れたハレー彗星を見ていて、今回出品された「彗星」を含む少なくとも2点の作品を残しているそうです。ハレー彗星を描くに当たって水墨画を選んだのはどうしてだろうと考えたのですが、夕方あるいは夜明け前の薄闇に沈んだ風景を表現するのに良いと考えたのかもしれません。なお、当時のハレー彗星が地球に最接近したのは5月19日ですから、ちょうど今頃の季節だったんですね。「白衣観音」は黒目がちで鼻筋の通ったエキゾチックな風貌が印象的ですが、明治36(1903)年にインドに渡った大観は、彼の地で目にしたインド女性の美しさや、身に着けたたくさんの装飾具からインスピレーションを受けたようで、「まるで画に描いた観世音のヨーです」と記者に答えてもいます。大観は生来好奇心が強く、また、思いついたら躊躇いなく挑戦する大胆さを持ち合わせていたのでしょう。他にも「迷児」で孔子、釈迦、老子と共に描かれたキリストや、金屏風に描かれたナイアガラの滝など、明治の大観の作品にはユニークなモチーフが目につきます。大観は高い評価を得られるようになってからも装飾的で斬新な富士を描いたり、シュールと評されて喜んだエピソードがあったりと、常に新しい表現を探し求めていたとは思いますが、こうしたモチーフそのものの冒険は大正、昭和の作品には見られない明治期の作品の特徴のように思います。

「群青富士」、「霊峰十趣」

…「群青富士」は六曲一双の屏風で、見渡す限りの雲海の中に顔を出した群青の山肌の富士と、雲の切れ間にのぞく緑の山並みが描かれています。明治の朦朧体からは一転した形体の明快さ、色彩の鮮やかさが印象的な作品で、ことに大胆に簡略化され、平坦な色彩で表現された富士は、今見てもモダンで装飾的です。「霊峰十趣」は四季折々、時刻も様々な富士の姿を描いた連作です。「春」は富士の輪郭線を描かず雪に包まれた白い姿のみで表現していて、素朴な温かみが感じられます。秋晴れの富士と思われる、雪渓の美しいすっきりとした佇まいの「秋」とはずいぶん表情が違いますね。また、富士というと日本で一番高い山ということで雄大な山容が思い浮かびますが、月明かりに浮かび上がる「夜」はひと味違う幻想的な富士で、女性的と言ってもいいかもしれません。これらの全てが富士であり、それぞれが絵になるというのが面白いです。富士山は日本人の誰もが自分のイメージを持っている山であると同時に、昨日とは違う今日の姿に新たな美を見出すことのできる、尽きせぬ魅力があるモチーフなのでしょう。

「朝陽霊峯」

…この作品を会場で見たときは、画面一杯に広がる眩い金色が何より印象的でした。光の洪水のなかに描かれているのは日本の象徴である富士で、「黄金の国ジパング」を絵にしたらきっとこんな感じではないかと思います。クリムトの作品など、西洋美術でも黄金は効果的に使われていますが、こんなにもふんだんに、まじりけなしの金が使われている作品はなかなか思い浮かびません。日本の伝統のなかでも、金閣金色堂を造り出す系統に属する美意識なのだろうかと思ったりもしました。この屏風は明治宮殿の装飾として献上されたものですから、枯れた味わいや不完全さを愛でるといった諸行無常の人の世界の美とは一線を画し、完全なる美の表現を目指したのかもしれません。大観は身を清めてこの屏風を描き、金や墨といった画材にも特別なものを用いたそうですが、一切の不純を感じさせない作品は、皇室に対する大観の尊崇の念の曇りのなさの現れのようにも思われます。

「夕顔」、「野に咲く花二題(蒲公英・薊)」

…「夕顔」は「夜桜」と共にローマ日本美術展に出品された作品ですが、篝火のもとに満開の桜が絢爛と咲き誇る華やかな夜桜とは対照的な白と黒の世界で、夕闇に浮かび上がる儚い花を描いています。ぼかした墨で表現されている暮色のなかで際立つ夕顔の白い花には薄く胡粉が塗られているそうで、会場で見たときは花弁の柔らかな立体感が感じられました。「野に咲く花二題」はいわゆる雑草を繊細に描写した作品です。大観は観賞用に整えられた花瓶の花は描かず、露地に咲く自然の花を愛してモチーフとしたそうですが、この作品でも風に運ばれる蒲公英の種一つ一つが丁寧に描かれています。薊の背後に生えている雑草は、私が子供の頃によく見た覚えのあるメヒシバではないかと思うのですが、こちらも穂の一粒一粒まで丁寧に描きこまれています。ありふれた草だから、小さな生命だからと言って適当に造られているものなど何一つないんですよね。精妙な自然を、敬意もってつぶさに見詰める画家の眼差しが感じられる作品だと思います。

「或る日の太平洋」、「春光る(樹海)」

…猛る白い波頭に目を奪われる「或る日の太平洋」は、「富士越え龍図」という伝統的な主題に基づいているそうです。垂れ込める灰色の雲の下で暗い空には稲妻が走り、飛沫を上げる波濤は雲に迫る勢いで、龍をも飲み込みそうな迫力があります。躍動感ある時化の海の描写に対して、雲の上に姿を見せる富士は晴れた空を背後に不動の佇まいで、静と動の対比が鮮やかな作品です。一方、「春光る(樹海)」は穏やかな春の風景です。タイトルですが、俳句に春光という季語があり、春の日差し、あるいは春の景色を意味するようなので、それに由来するものと思われます。墨一色で描かれた作品ですが、ごつごつとした溶岩流の上に広がる樹海の木々の緑のグラデーションや、背後に聳える薄い墨で描かれた富士の、柔らかな春の日差しを受けて水蒸気を多く含んだ空気越しにややぼやけて見える様子が感じられます。富士をモチーフとして奇抜であったりきらびやかであったりと、趣向を凝らした数々の作品を見てきたあとにこの写生的で実直な作品を見ると、富士はそもそもが美しい山であったのだと改めて感じられて、個人的には一番気に入りました。

「生々流転」

…「生々流転」は全長40メートルを超える作品で、まずはスケールの大きさに圧倒されます。会場では作品の展示ケースに沿って鑑賞者の列が40メートル先まで続いている様子が壮観でした。この長大な作品を制作するのはかなり困難だったようで、図録の解説によると何度も描き直したため、完成作の倍以上の長さの絹を要したそうです。スケールは大きいですが、描かれた情景は上流から下流、そして海に至るまで川の流れと共に変化する植生や人々の暮らしが季節や時刻を変えて細かく表現されています。霧の立ちこめる深い山間、切り立った崖から滝が流れ落ち、山桜が咲く春の上流。山影に隠れて見えなくなった川が再び現れる中流。川幅が広がり水量も増して、岸辺では葉を茂らせた柳が揺れている夏の情景から、激しい雨を経て橋を越えると明かりの灯る晩秋の夜の町で、やがて川は陸地を離れて海へと向かいます。変化に富みつつも波乱なく移ろう情景を追いつつ、この穏やかな流れにどういう結末を付けるのだろうかと思っていたところ、クライマックスには茫洋たる海の果てに逆巻く波が龍と化して天に昇るというドラマが待ち受けていて迫力に引き込まれました。大観は生々流転という主題に最もよくはまる表現形態を選び、連続した画面上で空間や時間が展開していく絵巻物の特性を効果的に生かしていると思います。なお、本作は公開初日に関東大震災が発生して、老朽化していた会場から奇跡的に無傷で運び出されたそうですが、災害や戦争をくぐり抜け、まさに流転する世を越えて伝わった作品と言えそうです。

その他 混雑状況、会場の様子等

…私が見に行ったのは会期最初の土曜日の午後でしたが、やや混雑していて、「第1章 「明治」の大観」のコーナーでは作品を見るために順番を待つ必要がありました。これは作品が小型の一方で、会場の照明が暗く(作品保護のためと思われます)、展示ケースに鑑賞者が映り込んでしまうため、なるべく作品に近寄る必要があったからです。順番待ちの時間自体はそれほど長くは感じませんでした。第2章以降は大型の作品が比較的多かったため、流れはスムーズでした。
…展示会場は3カ所に分かれていて、第1会場が初期~戦中の作品、第2会場が「生々流転」、第3会場が戦後の作品とグッズ販売のコーナーとなっています。美術館入口を入って正面に第1会場の入口があるのですが、右手にある第2会場の入口のほうが近いので、私はうっかりそちらから入りそうになってしまいました。会場は順番に回るようになっています。なお、私はコンビニで発券した前売券を持参したのですが、正式なチケットは第2、第3会場の入場口で半券を切り離す仕様になっていて、第1会場の入口でチケットを交換してもらいました。全長40メートルの「生々流転」を見るのに一定の時間が必要ですので、所要時間は2時間程度を見込んでおくと良いと思います。

…追記:5月11日(金)の夜間開館の時間帯に再度見に行ったのですが、前回(4月14日(土)午後)より混雑していました。特に「第1章 「明治」の大観」全般、「夜桜」と「紅葉」の展示室、第2会場「生々流転」については、鑑賞者の列が進むのを待ちながら作品を見る必要がありましたが、作品が見られないほどの混雑ではありませんでした。なお、第2会場の「生々流転」は、小下絵を含めて全部見るのに30分ほどかかります。可能であれば鑑賞時間に余裕を持ってお出かけになることをお勧めします。
…「生々流転」が展示されている第2会場は、他の会場に比べて温度設定が低めです。鑑賞に一定の時間もかかるので、羽織れるものを一枚用意しておくといいかもしれません。