展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

奇跡の芸術都市 バルセロナ展 感想

見どころ

…「奇跡の芸術都市 バルセロナ展」は、スペインの中でも大きな経済力と独自の言語文化を持つ都市バルセロナにおいて、カタルーニャ芸術が最も成熟した時期、都市の近代化が進んだ1850年代から1930年代後半のスペイン内戦に至るまでの約80年間に活動した芸術家達とその作品を紹介するものです。出品作はカタルーニャ美術館の収蔵品を中心に、絵画や建築、調度品や宝飾品など約130点で構成されています。
…今回の展覧会は一世紀に満たない期間に焦点を当てたものですが、出品内容が多岐の分野にわたることや初めて知る芸術家も多く、かなりボリュームのある内容に感じました。また、19世紀後半から20世紀初頭にかけて繁栄したバルセロナを拠点に活動した建築家、芸術家たちの存在を知ったことで、これまで個別に知っていたガウディやピカソが突然現れたわけではなく、彼らが登場する土台が用意されていたこと、バルセロナ全体が芸術の活気に満ちていたなかで彼らが芸術家として成長し、その作品が生まれてきたことを理解できました。例えば、私はバルセロナというとガウディのサグラダ・ファミリアをまず思い浮かべるのですが、同時代のバルセロナには他にも優れた建築家・デザイナーたちがいて、繁栄を謳歌する上流階級が施主となり街区の顔となるような華麗な邸宅建築が競い合って作られています。建物の内装や調度品はアール・ヌーヴォーなどの影響を感じさせるもので、当時の最先端の表現を集めて作られた住宅は実用品であると同時に芸術作品だと思いました。また、そうした中でもガウディの地中海的な青と白の色彩、緩やかに波打つ肘掛けの繋がった組椅子や曲面のみに覆われた部屋など生き物のような有機的で非対称的なフォルムは改めてユニークだとも思いました。
…私は会期2週目の土曜日に見に行きましたが、落ち着いて作品を見ることができました。所要時間は2時間程度でした。会場内ではマスクを着用している方も多かったですね。現在は、新型コロナウィルス感染症対策のため2月29日から3月16日まで臨時休館しています。私が見た限りでは他の美術館も同様の対応で、しばらくはどの展覧会もお休みのようです。残念ですが、今は健康第一で再開を待ちたいと思います。

概要

【会期】

…2020年2月8日~4月5日

【会場】

東京ステーションギャラリー

【構成】

1章 都市の拡張とバルセロナ万博
2章 コスモポリスの光と影
3章 パリへの憧憬とムダルニズマ
4章 「四匹の猫」
5章 ノウサンティズマ――地中海へのまなざし
6章 前衛美術の勃興、そして内戦へ

…展示構成は時代順になっています。19世紀のバルセロナの経済的な発展を背景に、パリから最新の動向を取り入れた芸術が花開いたあと、改めて自分たちのルーツに着目した芸術が生まれ、そうした土壌からピカソやダリ、ミロといった世界的な前衛芸術家達が登場するものの、スペイン内戦が始まったことでバルセロナにおける活発な芸術活動は終わりに向かうという流れになっています。
…1章はバルセロナを取り巻く歴史的背景が解説されています。以下、簡単にまとめると、バルセロナは18世紀初頭のスペイン継承戦争ハプスブルク家を支持して敗れ、政治的には自治権を失いますが、スペインに吸収されたことでアメリカ植民地との貿易に参入できるようになり、また、この時期から繊維産業が発展したことで経済的に成長します。19世紀半ばになると市街地を取り囲んでいた古い市壁、さらにスペイン継承戦争後にバルセロナを監視するため築かれたシウタデリャ要塞も取り壊され、都市の整備と拡張が推進されました。近代都市となったバルセロナでは1888年、スペイン初の万博も開催され、カタルーニャの人々は誇りと自信を取り戻し、バルセロナは国際的な知名度も獲得しました。
…2章では19世紀末から20世紀初めにかけて三人の建築家が競い合うように改装に取り組んだ上流階級の住宅建築、ジュゼップ・プッチ・イ・カダファルク《カザ・アマッリェー》、リュイス・ドゥメナク・イ・ムンタネー《カザ・リェオー・ムレラ》、アントニ・ガウディ《カザ・バッリョー》について、映像による紹介のほか、外装の装飾タイルや椅子・テーブルなど調度品の実物が展示されています。バルセロナの繁栄を象徴する三つの建物が立ち並ぶ街区は、ギリシャ神話の「パリスの審判」に準えて「不和の街区」と呼ばれているそうです。しかし、他方でバルセロナの産業を支える労働者層は過酷な環境で労働に従事していました。ジュアン・プラネッリャ《織工の娘》(1882年、1章に展示)は、まだ幼い少女が工場で働く姿を写実的に描いています。富裕層と労働者層の対立は1893年11月にリセウ劇場で、1896年6月には聖体祭の行列時にそれぞれ爆弾テロ事件を引き起こし、多数の犠牲者が出ました。ラモン・カザス《サンタ・マリア・ダル・マール教会を出発する聖体祭の行列》(1896~98年頃)は直接事件を描写してはいませんが、現場となる教会付近を描いています。
…「ムダルニズマ(Modernisme)」を代表する芸術家ラモン・カザスとサンティアゴ・ルシニョルは、母国とパリとを行き来し、最先端の様式や技法を取り入れながら、バルセロナに新しい芸術を生み出そうとしました。「ムダルニズマ祭」はルシニョルが主宰した美術、演劇、音楽などを発表する総合芸術祭で、バルセロナ近郊の漁村シッジャスで5回(1892年、93年、94年、97年、99年)にわたり開催されました。ムダルニズマの画家たちはエル・グレコを近代絵画の先駆者と位置づけ、その鮮烈な色彩や神秘的な画面構成にムダルニズマの源泉を見出していて、1894年のムダルニズマ祭ではルシニョルが購入したエル・グレコの《改悛のマグダラのマリア》と《聖ペテロの涙》(《聖ペテロの涙》は現在では工房作とされています。)も披露されています。
…「四匹の猫(アルス・クアトラ・ガッツ)」はパリのキャバレー「シャ・ノワール(黒猫)」に倣い、カフェ、居酒屋、レストランとして飲食を提供すると共に、詩の朗読会や展覧会、人形劇、コンサートなどのイベントが催される芸術家達の活動の拠点として1897年、ラモン・カザスやサンティアゴ・ルシニョルらによって創設されました。4章では「四匹の猫」で上演された演目のポスターや人形劇で使用された人形のほか、1902年にバルセロナで公演を行った日本の川上音二郎貞奴の肖像なども展示されています。なお、この「四匹の猫」には若きピカソも出入りしていて、個展も開催しており、エル・グレコを意識した油彩画や同世代の友人の肖像画など初期作品が紹介されています。
…「ノウサンティズマ(1900年代主義)」はローカルな伝統及び地中海的な古典美や理想美、アルカイックな造形に表現上の拠り所を求める文化動向で、米西戦争敗北後のカタルーニャ・ナショナリズムの盛り上がりを背景に台頭しました。ジュアキム・スニェー《森の三人の女たち》(1913年)はセザンヌの水浴図の構図やナビ派のクロワゾニスムの技法を取り入れつつ、カタルーニャの大地に根差した生命力豊かな女性たちを力強く描いています。また、シャビエ・ヌーゲスは、輪になった男女が民族舞踊サルダーナを踊る牧歌的な主題を描いた《レストラン「カン・クリャレタス」のタイル壁画(サルダーナ)》(1923年)など、絵画にとどまらず、版画やグラフィックデザインにも取り組みました。
…6章ではのちに世界的な前衛芸術家となるジュアン・ミロ、サルバドール・ダリの初期作品が展示されています。また、建築家ジュゼップ・リュイス・セルトは、バルセロナ建築学校在学中の1929年に、展覧会「新しい建築」でル・コルビュジエに代表されるモダニズム建築に強い影響を受けた建築モデルを提示し、さらに「GATCPAC(現代建築の発展を目指すカタルーニャの建築家・技術者集団)」を結成してバルセロナの都市改造計画「マシアー計画」を構想します。しかし、スペイン内戦が勃発したため「マシアー計画」は実現には至らず、フランコ将軍の勝利によってバルセロナは再び抑圧の時代を迎えることになりました。セルトとの交流を通じてバルセロナと繋がりを持っていたル・コルビュジエは、バルセロナに対する思いと願いを込めて《バルセロナ陥落》と題した油彩画やリトグラフ作品を残しています。

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感想

モデスト・ウルジェイ《共同墓地のある風景》(1890年代(?))

…夕暮れの色に染まる茫漠とした空の下に浮かび上がる十字架を掲げた門の影。モデスト・ウルジェイ《共同墓地のある風景》は丘の上の墓地を壮大なパノラマで描いた作品です。荒涼とした一帯には人影が見当たらず寂寥感が漂い、画面左側では落日が地平線に沈もうとしています。日本の場合、西方浄土という仏教的なイメージもあって、日没や西の方角に人の死を重ね合わせることがあるのですが、キリスト教圏にも類似の発想はあるのでしょうか。ヨーロッパでは衛生上の問題やスペースの問題のため、19世紀初頭から都市の郊外で眺望の良い場所に共同墓地や民間の墓地が作られるようになっていったそうです。そうした点で、この作品は都市の再開発と近代化がもたらした風景とも言えるでしょう。

ルマー・リベラ《夜会のあとで》(1894年頃)、《休息》(1902年頃)

…《夜会のあとで》には、白いドレスの女性がヒールの高い靴を脱いで、室内履きに履き替えている場面が描かれています。夜会を終えて自宅に戻り、窮屈な靴から解放されてほっとしたのでしょう、女性は笑顔を浮かべて寛いでいますね。女性の座る豪華な赤い椅子や無造作に脱ぎ捨てられた外套が置かれている椅子の背もたれの凝った装飾など、調度品の華麗さも目を引きます。背後には鏡台に団扇が置かれていたり、雉のような鳥が描かれた屏風が立てられていたりして、ジャポニスムの流行の一端も窺われる作品です。
…《休息》ではピンクのドレスを着た女性が、外套を半分脱ぎかけたまま長椅子でうたた寝をしています。夜会から戻ってきたあと着替えもせずに疲れて、あるいはお酒を飲んだ酔いのために眠ってしまったのでしょうか。奥の食堂から給仕の男性が驚いたように身を乗り出していますが、無防備に横たわる女性は饗宴の続きを夢で見ているのかもしれません。左側の飾り棚に置かれた壷や長椅子のクッションの模様などは《夜会のあとで》と同様に東洋風です。往時のバルセロナの上流階級が繁栄を享受し、華やかな社交生活に勤しんでいたことが感じられる作品だと思います。

ラモン・カザス《アニス・デル・モノ》(1898年)、《入浴前》(1894年)

…《アニス・デル・モノ》はグラスを掲げた女性が大きく描かれた大判リトグラフポスターで、青地の背景に女性の黄色いショールと商品のロゴが引き立っています。ラモン・カザスは1881年以降頻繁にパリへ趣き、最新の芸術表現を自作に取り入れていて、太く明瞭な輪郭線や花柄の布をコラージュしたような平坦な面として様式化されたドレスなどは、パリの街を彩ったナビ派のポスターを思い出させます。なお、アニスは薬草やスパイスとして利用されてきた地中海東部原産の植物で、アニス酒はアニスから作るリキュールだそうです。女性が連れている猿は商品であるアニス・デル・モノの瓶を抱えていますね。流し目の女性はアニス酒でほろ酔い気分なのでしょう。
…《入浴前》は仄暗い浴室で脱衣をする女性を描いた作品で、洗面台の前に立つ女性の横顔が背後の窓によって浮かび上がっています。同様の主題の作品を多く描いたドガの場合はリアルな日常を生きている女性の裸体を極めて近い距離から描いた親密さが特徴ですが、この《入浴前》が描かれた当時のバルセロナでは厳格で道徳的な芸術表現を求める動きもあり、女性の身体の大部分はすっぽりとガウンに覆われていて表現は控えめです。一方で、女性の背後のバスタブや湯沸かし器など、当時の最新設備が描かれていて当時の風俗を知ることができるのも興味深いです。社会的な制約もある中で、新しい絵画表現によって都市の女性達の新しい風俗や生活習慣を描いた作品だと思います。

サンティアゴ・ルシニョル《自転車乗りラモン・カザス》(1889年)、《青い中庭》(1892年)

サンティアゴ・ルシニョルはラモン・カザスとともにパリで学び、《四匹の猫》における芸術活動の中心となった芸術家です。《自転車乗りラモン・カザス》は盟友の肖像でもあるのですが、描かれたラモン・カザスの姿は芸術家ではなくスポーツマンで、サイクルキャップに手袋、足元はブーツという洒落た出で立ちで中庭(パティオ)のベンチに腰掛けています。足元に転がっているオレンジの実は、どんよりと曇った冬空の下の場面に太陽のような輝かしさを添えています。芸術家達が作品だけでなく、ライフスタイルにおいても最新の動向を実践していたことが分かる作品だと思います。
バルセロナ近郊の小さな海辺の村シッジャスにインスピレーションを得て描かれた《青い中庭》は、タイトルどおりパティオを取り囲む鮮やかな青い壁が印象的な作品です。画面左側の建物の入口から洗濯籠を抱えた女性が姿を見せていますが、女性のスカートやレンガとおぼしき床、植物の素焼きの鉢などの赤茶色は土の色であり、海を思わせる青と共に地中海の風土をイメージさせます。壁に囲まれたささやかな庭は人目を気にせず洗濯物を干したりできるプライベートな生活の場であると同時に、空に開かれた憩いの空間でもあるでしょう。パリやバルセロナのような技術や流行の最先端である大都市とは対照的なスローライフ、伝統的な住居における庶民の素朴な日常が心を和ませてくれる作品だと思います。シッジャスを気に入ったルシニョルは、この地でアトリエ兼コレクションの鉄製工芸品を展示するギャラリー「カウ・ファラット(鉄の巣)」を開館し、美術だけでなく演劇や音楽などを発表する総合芸術祭「ムダルニズマ」祭を主宰するなど多面的に活躍しました。

エルマン・アングラダ・カマラザ《夜の女》(1913年頃)、リカル・カナルス《化粧》(1903年)

…アングラダ・カマラザ《夜の女》には、バラの模様があしらわれた黄色いドレスの女性が描かれています。ライトを浴びて立つ女性はショーを終えたところでしょうか、くっきりとした濃い化粧もおそらくステージメイクでしょう。ドレスの襞の青みを帯びた影が女性の優美な身体の線を浮かび上がらせています。画家のアングラダ・カマラザは1894年にパリに出て、パリの女性達のナイトライフを主題にした作品を手掛けたそうなので、この作品に描かれているのも華やかな夜を彩った女性たちの一人なのかもしれません。眩い光の中で客席の喝采に応じるように胸に手を当てる女性の姿からは自信や誇りが感じられる作品です。
…リカル・カナルス《化粧》は伝統的なヴァニタス画を思い出させる構図で、豊かな赤毛の女性が椅子に座って黒人のメイドに身支度を任せながら、手鏡に写る自身の姿を見つめて満足げに微笑んでいます。壁紙やカーテンなどの暗い色彩を背景に、ドレスを開けた女性の肌が一層白く際立っています。女性の顔などは丁寧に描かれる一方、女性の傍のテーブルに飾られた花やテーブルクロスなどは印象派風の素早い筆致で描かれていて、女性の艶やかな肉体は画家が研究したというルノワールの影響が感じられます。舞台上の女性を描いた《夜の女》に対して、《化粧》は彼女たちの寛いだ、謂わばオフの姿というところでしょうか。恍惚として不安や疑いを微塵も抱いていない女性の表情が、逆説的に若さや美しさが儚いこと、そして持てはやされているあいだはそれが理解できないことを意識させるように思いました。

ジュアン・ミロ《花と蝶》(1922~23年)、サルバドール・ダリ《ヴィーナスと水兵(サルバット=パパサイットへのオマージュ)》(1925年)

…《花と蝶》はテンペラ画で、くっきりと明瞭な輪郭やくすみのない色彩が印象的です。細密に描写された複雑な花弁や葉脈は、花瓶の周りを飛ぶ蝶の翅脈が張り巡らされた羽根との相似を意識させます。一方、植物の茎あるいは枝は単純化され、棒のような直線と非現実的な曲線とが組み合わされた形状で描かれています。背景は黄色い無地の上部とジグザグの細い線に覆われたやや暗い褐色の下部に分かれているのですが、花瓶が置かれているのはテーブルなのでしょうか、それとも地面なのでしょうか。一面に描き込まれたランダムな線はテーブルクロスの皺のようでもあり、地面のひび割れにも見えるのですが、ここでは緻密さが現実の再現である以上に装飾的な効果を生み出しているように感じられます。細密描写と単純化、写実と装飾が共存したこの作品を制作した直後から、ミロは現実の描写を離れて記号化された形象を組み合わせた独自の画風の確立へと進んでいったそうです。
…海に臨む窓辺でヴィーナスと水兵が抱き合う《ヴィーナスと水兵(サルバット=パパサイットへのオマージュ)》は、ダリが敬愛していた詩人サルバット=パパサイットに捧げられた作品です。バルコニーの手すり越しに見える海には船が浮かんでいるので、水兵はこれから船に乗り込むところで、二人は旅立ち前の別れを惜しんでいるのでしょうか。ヴィーナスの顔が丁寧に描かれているのに対して、水兵の横顔は描かれておらず、アノニマスな存在として表現されているようにも思われます。窓や水兵がキュビスム的な手法で描かれている一方で、ヴィーナスの顔や腕など量感を伴う肉体の描写や、灰色がかったベージュや水色などを主とする落ち着いた色合いは同じピカソでも新古典主義時代の作品の影響を窺わせます。ダリの画風が確立される以前の、様々な技法を吸収している途上の作品ですが、作品が醸し出すミステリアスな叙情性に後のダリの片鱗が感じられると思います。