展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

「ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス」感想

《概要》

会期

…2021年9月18日~2021年11月23日

会場

…Bunkamuraザ・ミュージアム

www.bunkamura.co.jp

《見どころ》

…この展覧会のタイトル「甘美なるフランスLa Douce France」とは、美しく、穏やかで、稔り豊かなフランスとその文化を賛美する古くからの言い回しだそうです。

…ポーラ美術館のコレクション展は東京では15年ぶりの開催とのことで、印象派からエコール・ド・パリまで油彩画74点及び当時の工芸品12点が出品されています。

…展示構成は概ね年代順となっています。

 1 都市と自然 モネ、ルノワール印象派
 2 日常の輝き セザンヌゴッホとポスト印象派
 3 新しさを求めて マティスピカソと20世紀の画家たち
 4 芸術の都 ユトリロシャガールとエコール・ド・パリ

…19世紀後半から20世紀前半を代表する画家たちの作品を一度に見ることができると共に、各時期において前衛的だった表現、技法の変遷を辿ることができる展覧会です。

…絵画作品は全てに展示解説ありました。所要時間は90分程度です。

《感想》

クロード・モネ《散歩》1875年

…背後に緑の並木が立ち並ぶ、なだらかな花咲く丘を散歩する妻と息子、その乳母を描いた心休まる田園風景です。日差しの中でパラソルを差す女性の表情を描かなかったという点が、セザンヌの水浴図の没個性的な人物像と似ているように思います。鑑賞者としては人物の顔が描かれると、個性や感情から物語を読み取りたくなりますが、画家が表現したいものは別だったのでしょう。モネは光に満ちた風景と調和し一体となった人間を表現したかったのかもしれません。

クロード・モネ《睡蓮》1907年

…池の岸辺も水平線も描かれていないため、群生する睡蓮にまるで空に浮かぶ雲のような浮遊感があります。よく見ると、画面下側の前景の睡蓮は視点が上からですが、遠景である画面上部に向かうに従って側面からの視点に滑らかに移行していることで奥行きを感じることができます。画家は絵になる光景を切り取るものですが、この作品は画面の外側まで池が広がっていくような感覚を覚えます。

ピエール・オーギュスト・ルノワール《レースの帽子の少女》1891年

…まさに「甘美なるフランス」と呼ぶに相応しい作品の一つです。少女は白いレースにピンクのリボンのついた帽子から豊かな金髪を垂らし、夢見るような青い瞳で微笑んでいます。ドレスはおそらく白いのでしょうが、ピンク色を帯びていて襞は青い影で描かれています。モデルは不明だそうですが、ルノワールの中の永遠の少女像が表現されているのかもしれないと思いました。

ポール・セザンヌプロヴァンスの風景》1879~1882年

…からっと晴れ渡る南仏の空から降り注ぐ光の明るさ、物の輪郭がくっきりと見える光の強さが印象的な作品です。山の斜面に建つ赤い屋根の家々は幾何学的な形態であまり斑のない色の塗り方がされています。対して斜面を覆う樹木は細長いタッチを重ねることで盛り上がる有機的な木の茂みが表現されています。セザンヌにとっては馴染み深いと同時に愛する郷里を象徴する風景の一つなのでしょうね。

ポール・シニャック《オーセールの橋》1902年

…フランスのブルゴーニュ地方の都市オーセールの風景で、遠景は橋の向こうの大聖堂や修道院が光を浴びて赤みがかって描かれ、前景では暗い青みを帯びた色調で逆光の中、河岸で作業する人や釣り人の姿が描かれています。鑑賞者の視覚において混じり合うよう緻密な点描技法で描かれたカミーユピサロ《エラニーの花咲く梨の木、朝》(1886年)と比べると点描は大きめの長方形で、シニャックが独自の領域に到達していることが分かります。また、点描にピンクや水色、ミントグリーンやラベンダー色といった白を混ぜたパステルカラーが多用されていて、色とりどりの点描が織りなすハーモニーを柔らかなものにしているように感じられました。

ピエール・ボナール《浴槽、ブルーのハーモニー》1917年頃

…カーテンで仕切られた日の差し込む浴室で、ボナールのパートナーであるマルトが身体を洗っている姿を描いたものです。マルトの量感ある有機的なフォルムと床のタイルの幾何学模様が対比されています。かつて裸体は女神など高次の神聖な存在であることを示すものだったのですが、この頃には親密な空間にまで下りてきて、具体的でリアルなものになっていることが分かります。青と黄の色彩が響き合っている作品です、

アンリ・マティス《襟巻の女》1936年

…背景が中央の女性を境に青と黄に分かれていて、床は赤く、三原色で表現されています。背後や女性のスカートの黒い格子模様が印象的で、モンドリアンコンポジションを彷彿させられました。対照的に、女性の身体や首元の襟巻はしなやかな曲線で表現され、襟巻の模様も流れるようにリズミカルに描かれています。緊張感のある背景と寛いで微笑む女性のバランスが絶妙な作品だと思います。

ラウル・デュフィ《パリ》1937年

デュフィの作品には独特の透明感があるのですが、これは線描の上から画面全体を薄く透き通るように塗っているためです。一方でエッフェル塔などは、布地に施された刺繍のようにくっきりと輪郭が上書きされています。四枚の縦長のカンヴァスを屏風に仕立てた装飾美術作品で、1924年に「パリ」をテーマにデザインした家具用のタペストリーの図案を発展させたものだそうです。この作品では朝、昼、夕、夜という時間の経過が取り入れられ、いつも華やぎを失わないパリが軽快、洒脱に表現されています。

パブロ・ピカソ《帽子の女》1962年

キュビスム的に横顔と正面から見た顔が結合されているのかと思って線描を辿ると、単純な組み合わせではなく迷路にはまったような感覚を覚えました。手も向かって右側は赤いドレスの袖に白い手ですが、左側はの手は青く、何かを握るように丸められていて、モデルの明朗な陽気さと静かな黙想が一つになっているようにも思われます。モデルの全てを捉えようとする画家のまなざしが意識される作品です。

アメデオ・モディリアーニ《ルネ》1917年
マリー・ローランサン《女優たち》1927年頃
キスリング《ファルコネッティ嬢》1927年

モディリアーニとキスリングの作品に登場する女性たちは進歩的で中性的、そしてリアルな女性像ですが、対して女性画家であるローランサンの描く女性らしい女性たちは現実から離れた女神や妖精のようで女性というファンタジーを表現しているように感じられ、その違いが興味深かったです。

モディリアーニの作品のモデル、ルネは1917年にキスリングと結婚した女性で、彼女のファッション――シャツにネクタイを締めてジャケットという服装はギャルソンヌ・スタイルと呼ばれ、第一次世界大戦を機にパリで流行したそうです。瞳が水色に塗りつぶされていて視線が描かれていないのは内面の憂いや悲しみを表現したものでしょうか。薔薇色の唇は微笑んでいますが、目は涙のようにも見えます。

ローランサンの《女優たち》は女性だけの世界、男性の立ち入れない領域を表現してるように思いました。男性に見られるだけの存在ではない女性たちの秘密の花園のようです。

…キスリングの《ファルコネッティ嬢》は男性のように短い黒髪と胸元の大きく開いた妖艶な赤いドレスの対比が印象的です。赤いドレスや花と緑の椅子、緑の葉の補色が効果的に用いられています。

シャイム・スーティン《青い服を着た子供の肖像》1928年

…一見して少女か少年か分からなかったのですが、モデルは少女だそうです。暗い色合いの背景、濃い青色の服に鮮やかな赤い襟が目を引きます。少女は腰に手を当て、不機嫌で反抗的な顔つきをしつつも、こちらを窺っているような目つきで、「可愛げのない子供」が逆に子供らしさを感じさせる作品だと思いました。

キース・ヴァン・ドンゲン《乗馬(アカシアの道)》

…「アカシアの道」はパリ郊外の行楽地、ブーローニュの森の中心地です。この作品は道を真正面から描いていて、明るい色彩が日差しの明るさやレジャーの愉しみを感じさせます。左から乗馬する夫妻、馬車に乗る紳士、自転車に乗る男性、そして右端に洒落た服を着てそぞろ歩く人々と様々な手段で道を行き交う人々が対比されているのが興味深かったです。

マルク・シャガール《私と村》1923~1924年頃

第一次世界大戦の混乱によって、画家本人も知らないうちに売却されてしまった過去の作品を復元したものの一つです。画面に大きく描かれた緑色の横顔の人物と白い牝牛が向き合っていてインパクトが強いですね。なぜ人物が緑色なのかと不思議に思いましたが、赤い背景との補色効果や、大地を覆う緑の植物、作物の稔りに象徴される生命力を象徴しているのでしょうか。実際、人物が手にしているのは生命の樹なのだそうです。白い牝牛の顔の中には乳搾りをする人物が描かれていますが、シャガールの故郷のヴィテブスクのユダヤ人社会では伝統的に動物を大切にしたそうで、その恵みによって生きていることを表現しているように思われます。画面の上部には鎌を持った男性と逆さまに描かれた女性がいて、よく見る女性の上に描かれた家も逆さまになっています。重力を感じさせないシャガールらしい表現なのかもしれませんし、あるいは地面の下、地球の裏側を描いたのかもしれません。人間と自然、男性と女性、宇宙と地上といった対照的なものが一つの画面に収められて、シャガールの世界観が伝わってくる作品だと思いました。