展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

川瀬巴水 旅と郷愁の風景 感想

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会期

 前期2021年10月2日(土)~11月14日(日)
 後期2021年11月17日(水)~12月26日(日)
  前期、後期で展示替えあり

会場

 SOMPO美術館

構成

 第1章 版画家・巴水、ふるさと東京と旅みやげ(関東大震災以前)
  ・初期作品
  ・旅みやげ第一集
  ・東京十二題
  ・東京十二ヶ月
  ・三菱深川別邸の図(前期)
  ・旅みやげ第二集(後期)
  ・日本風景選集(後期)

 第2章 「旅情詩人」巴水、名声の確立とスランプ(関東大震災後~戦中)
  ・旅みやげ第三集
  ・東京二十景
  ・東海道風景選集(前期)
  ・日本風景集 東日本編(前期)
  ・日本風景集Ⅱ 関西編(一部入れ替え)
  ・新東京百景(前期)
  ・元箱根見南山荘風景集(一部入れ替え)

 第3章 巴水、新境地を開拓、円熟期へ(戦中~戦後)
  ・朝鮮八景(前期)
  ・続朝鮮風景(後期)
  ・The Japan Trade Monthly(後期)
  ・パシフィック・トランスポート・ライン社注目制作作品 1953年(昭和28年)カレンダー(前期)
  ・後期作品
  ・スティーブ・ジョブズと巴水

www.sompo-museum.org

感想

川瀬巴水(1883~1957)は新版画を代表する作家の一人ということで、同じく新版画の吉田博の作品と比べながら見ました。世界中を旅した吉田博に対して、川瀬巴水は日本中を旅したんですね。画中で街中に電線が張られていてああもう電気が使われている新しい時代なのだなと感じる反面、人々の服装や街並みにはまだ一時代前の、江戸の名残が感じられます。およそ百年ぐらい前の大正から昭和初期にかけての日本の姿は、実際に見たことはないはずなのに懐かしさを感じさせます。風光明媚な名所を堪能するのではなく、作家自身が旅をして発見した風景のなかで働く人、家路につく人、雪道を急ぐ人、花を眺める人、電車を待つ人、そうした点景に描かれる人物の思いに想像を巡らせ、鑑賞者も風景の中に入り込んで共感するタイプの作品だと思います。吉田博の作品の色彩には透明感を感じるのですが、川瀬巴水の場合は滲んだりぼやけたりする湿潤な日本の空気感が表現されていて、より情趣を増しているように思いました。吉田博の客観的、写実的描写に比べると川瀬巴水は叙情的で、「旅情詩人」と称されたのも分かる気がしました。個人的には代表作の一つである「馬込の月」と晩年の作である「平泉金色堂」が印象に残りました。
…会場内では映像で制作の工程が紹介されていて、多色刷りの木版画作品の制作が如何に手数が掛かっているか知ることが出来ました。新版画が渡邊庄三郎の一代で終わってしまったことは残念ですが、ある意味では納得できることでもあります。CGで精細な作品を作ることが可能な現代だからこそ、絵師、彫り師、刷り師の共同作業による「手の仕事」の凄みを感じました。
…アップル・コンピュータ共同創業者のスティーブ・ジョブズは日本の新版画を愛好し、特に川瀬巴水を気に入っていたそうで、英国のダイアナ妃が執務室に吉田博の作品を飾っていたというエピソードを思い出しました。19世紀後半、印象派の画家たちは浮世絵をコレクションしていましたが、ジャポニスムへの憧憬は一時の流行ではなく一定の潮流として存在するのでしょう。また、吉田や川瀬の新版画は洋画の技法も取り入れているので、外国人の感性にも馴染みやすいのかもしれないと思いました。
川瀬巴水は多作な作家なのですね。作品数が多いため、所要時間は2時間程度を見込んでおいた方が良いと思います。各章冒頭の解説のほか、川瀬作品の版元となった渡邊庄三郎との協力関係について時代を追って詳しく解説されています。個別の展示解説は少なめでした。小型の作品が多く、写生帳など資料も多数出品されていますが、比較的混雑していないので側でじっくり見られると思います。3階の会場は写真撮影が可能でした。

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川瀬巴水《平泉金色堂》1957(昭和32)年