展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

深堀隆介展 「金魚鉢、地球鉢。」感想

f:id:primaverax:20211218173225j:plain


会期

…2021年12月2日~2022年1月31日

会場

上野の森美術館

www.ueno-mori.org

感想

…以前ネットで偶然目にした、枡の中をまるで本当の金魚が泳いでいるかのように見えるリアルで立体的なアートが印象に残っていて、今回観に行きました。私が見たのは金魚をテーマにした作品を手がけている深堀隆介氏の「金魚酒」というシリーズだったんですね。金魚は手軽に飼える身近な生き物の一つだと思いますが、改めて取り上げられることで見慣れたつもりでいる彼らの思いがけない多彩さ、きらびやかさが宝石のように感じられました。
…会場内では映像で作業工程が紹介されていましたが、下描きなしで樹脂にアクリル絵の具を塗り始めるのに驚きました。
①枡に樹脂を流し込む
②二日ほどして樹脂が乾いたら、絵の具で金魚の鰭を描く
③その上から再び樹脂を流し込む
④乾いたら身体や鱗を描く
⑤また樹脂を流し込む
⑥さらに鱗を重ねて描く…という手の掛かる丹念な作業を繰り返して、独特の透明感と立体感を出しているようです。
…深堀氏は自作を「2.5次元」だと解説しています。モチーフは絵の具で描かれているけれど、宙に浮いていて、絵画にも彫刻にも当てはまらない。支持体は枡や盥、傘、箪笥、空き缶や弁当箱、さらにビニール袋を再現した樹脂そのものまで「金魚が泳ぐ水を入れることが可能」な、あらゆるものが用いられています。また、板を使った作品でも方形ではなく、あえて水が垂れたような形に作ってありました。
…この立体的に見える金魚たちを眺めているうちに、作品を鑑賞しているというよりまるで金魚が現実に「いる」かのような、生きている金魚に対するような愛着が湧いてきて「可愛い」と思ってしまいました。私も子供の頃、家で金魚を飼っていたのですが、何の変哲もない和金でも「うちの子」は可愛いんですよね。あの感情に似たものが湧いてくるのです。平面の作品に接した場合に自分なりに作品を受け止めて理解するのとは異なる楽しみ方で、手に取れるモノに対する具体的な感情、立体的であることで同じ次元に存在するものへの親密な思いが湧くのかもしれません。
…作品に付されたタイトルも独創的です。初めは金魚の種類の名称なのだろうかと思ったのですが、「№8」のように容れ物から取ったタイトルや「方舟」のように一般的な場合もあります。気になって試しに深堀氏の作品集に載っていた「白澄」を検索してみたら氏のブログに行き着いて、「我が美意識の信念のもと、丹精込めて我が脳内において養育」してきた「脳内品種改良」により「品種として固定、作出」されたものだと分かりました。実在しないが、具現化された理想的な金魚と言えば良いのでしょうか。氏の金魚に対する並外れた拘り、愛着、探究心が感じられます。
…大型のパネルに描かれた作品では、水の中で広がりたなびく透き通るような金魚の鰭の優美さ、妖艶さを感じました。「段ボール水槽」というシリーズでは、水槽正面には金魚の正面図が、側面には正面に描かれた金魚の側面図が描かれていました。キュビスムは立体を解体し平面上に展開させましたが、この作品では逆に平面図を組み合わせて立体化しているところが興味深いです。また、Tシャツに描かれた金魚たちは、たわんだ布の上でひらひらと泳いでいるように感じられました。
…半紙に墨で描いた金魚のドローイングは初期によく制作していたそうです。深堀氏は子供の頃、祖父から送られる年賀状に描かれていた水墨画に惹かれて、水墨画を練習していたそうなのでルーツと言うべきものなのでしょうね。流れるような墨の線や滲みに、水を介して金魚というモチーフとの親和性を感じました。
…深堀氏が生きている金魚のスケッチはせずに、基本座ってじっと見ているだけだというのは意外でした。ただ、彼らが死んでしまった時にだけ、「デスノート」と題して彼らの詳細な姿を記録に描き留めるのだそうです。身近な生き物を実際に飼ってその生態を悉に観察するという点で、たくさんの鶏を飼っていた伊藤若冲のエピソードを彷彿させられました。
…金魚というとお祭りの屋台の金魚すくいから一般的に夏を連想しがちですが、桜の花びらの下を泳ぐ金魚の群れや、赤く色づいた紅葉の合間を縫って泳ぐ金魚たちで春や秋の季節感を表現している作品もありました。とりわけ冬は、氷の張った冷たい水の底にじっと潜んでいる小さな金魚の存在から命の温もりと愛おしさが伝わってきました。また、木製の卓上に仕切りを作って水槽にした「方舟」という作品では、卵から孵った稚魚たちが成長して広い世界へと泳いでいく姿が表現されていました。金魚の鱗をクローズアップした抽象画のような「鱗象」というシリーズもあり、小さな陶器のなかに抜け殻のような金魚の皮が浮いていたのが印象に残っています。
…会場の最後に展示されていたのは金魚すくいの屋台が再現されたインスタレーションで、屋台にはミラーボールが吊され、ラジオの音声に混じって水音が聞こえていました。水槽を泳いでいるのはアニメ絵のようなポップでカラフルな金魚です。深堀氏の作品を見ていると金魚の神秘に魅入られるのですが、本来金魚はカジュアルな存在なんですよね。屋台の竹竿に吊されているのは樹脂で作られたビニール袋入りの金魚たちで、金魚すくい用の「ポイ」もたくさん置かれていました。破れたものが多かったのは使用済みのものを活用しているのでしょうか。破れていない「ポイ」には金魚の絵が描かれていました。深堀氏にとって「金魚掬い=金魚救い」は制作の根源にあり、かつて一匹の金魚からもたらされたインスピレーションが今や豊かな作品世界として実ったのだと思います。もしかしたら、今度は深堀氏の作品から、一人でも多くの人に金魚救いを体験してもらいたいという願いもこもっているのかもしれません。昭和の時代を思わせる懐かしさや、子供の頃夢中になった親しみを呼び起こす作品だと思います。
…入場に当たって日時指定はありません。私が行った時は混雑しておらず、どの作品も間近で見ることが出来ました。作品によっては、展示ケースの上の方から見られるように足場が設置されているものもありました。会場内で撮影可能な場所が三カ所あります。所要時間は60分程度です。なお、本展の展覧会図録はなく、特設ショップでは絵はがき他グッズや深堀氏のこれまでの作品集が販売されています。