展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年 感想

会期

…2022年2月9日~5月30日

会場

国立新美術館

構成

Ⅰ 信仰とルネサンス:17点
Ⅱ 絶対主義と啓蒙主義の時代:30点
Ⅲ 革命と人々のための芸術:18点

感想

…この展覧会はアメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館の改修工事に伴うもので、メトロポリタン美術館の所蔵する2,500点余りのヨーロッパ絵画部門のコレクションから65点が来日、そのうち46点は日本初公開となっています。メトロポリタン美術館の開館は1872年2月ですからちょうど150周年を迎えたんですね。出品作を見ると、いずれ劣らぬ巨匠の名がいくつも見当たり、「さすがメット」と言うべき豪華なラインナップとなっています。
…クリヴェッリの《聖母子》(1480年頃)に描かれたマリアは陶器のような滑らかさと冷ややかさがあり、幼子イエスも大人のような顔つきで、人間離れした存在であることが感じられます。硬質かつ緻密な描写で、聖母子の光輪は宝石で縁取られた華麗なものです。だまし絵のような立体感があり、少し離れて見るとより実感できます。
…ピエロ・ディ・コジモ《狩りの場面》(1494~1500年頃)は獣と獣、人あるいはサテュロスと獣とが互いに組み合い、闘い、喰らい合う強烈な作品です。背後の鬱蒼とした森の中から火の手が上がっていますが、火は動物にとっても人間にとっても脅威であると同時に、文明の原点、象徴でもあります。ルネサンス人文主義ヒューマニズム)は「人間らしい」肉体や感情表現を受け入れ、理想化して描いたイメージがあるのですが、この作品は原始的な荒々しさに満ちていて特異な存在感を放っていました。
クラーナハ(父)による《パリスの審判》(1528年頃)は、今回の展覧会で個人的に是非見たかった作品の一つです。ヘラ、アフロディテ、アテナというギリシャ神話の三人の女神が美を競うという主題で、帽子や真珠の髪飾り、大ぶりのネックレスなどの装飾品が女神たちの白い肌を一層引き立て、ほっそりと優美な裸身の官能性を強調しています。本来、ヘラはゼウスの妻で家庭の守護神、アフロディテは美と愛の女神、アテナは武の女神にして智の女神と、三者それぞれに個性的なのですが、この作品では三つ子のように似ていて三美神、あるいは一人の女性の三つの姿のようにも見えます。横顔、正面、後ろ姿とあらゆる角度から描かれた女性美の三位一体といったところでしょうか。銀の甲冑を身に纏ったトロイアの王子パリスが目覚めた森の背後には、険しい岩山とその上に建つ城館、遠くかすむ湖と街というドイツの山岳風景が広がっています。田園で遊ぶ紳士とニンフを牧歌的に描いたティツィアーノ《田園の奏楽》を北方風にアレンジするとこうなるかもしれないと思いました。
エル・グレコ《羊飼いの礼拝》(1605~10年頃)は劇的で神秘的な作品です。画面中心のイエスはこの空間を照らし出す光の源であり超越的な存在であることが窺われ、奇跡が具現化する別次元の世界を幻視するような感覚を覚えます。ルーベンス《聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ》(1630年代初頭/中頃)はルーベンスらしく豪奢で流麗な作品です。畏まらず、世俗にも寄りすぎず貴族的で、華やかさや豊かさが画面を満たしています。ルーベンスのすぐ隣に展示されていたムリーリョ《聖母子》(おそらく1670年代)は質素でより身近な印象です。我が子を気遣う母の細やかで深い情愛と無邪気な子供のあどけなさが表現されていて、人間的な親密さが感じられました。
…サルヴァトール・ローザは今回の展覧会で初めて名を知った画家で、教養があり詩人で俳優でもあったそうです。しかし、《自画像》(1647年頃)でローザが戴く冠は詩人のアトリビュートである月桂樹でなく死の象徴である糸杉で、手にしたペンで髑髏に「やがて いずこへ 見よ」と記しています。肉体や名声の儚さを憂い、生の喜びに耽溺せず理性的に振る舞うよう戒める内省的な作品ですが、一方で、ローザが俳優であることを踏まえると舞台仕立てに装って「死」を演じているようにも見えてきます。死を想念する自分自身すらも芝居じみている、と突き放して超然とした自我の確立を求めていたのかもしれません。
…シモン・ヴーエの《ギターを弾く女性》(1618年頃)を目にした時は一瞬カラヴァッジョの作品かと思いました。実際、ヴーエはカラヴァッジョの影響を受けていて、劇的な明暗や官能性に相通じるものを感じます。そのカラバッジョの《音楽家たち》(1597年)は、今回の展覧会の個人的な見所の二つ目でした。青年たちが古代風の衣装を身に纏い、楽譜を広げリュートを奏でていますが、当時カラヴァッジョのパトロンだったデル・モンテ枢機卿の館ではこうした音楽会が頻繁に開かれていたそうなので、それに着想を得たのでしょう。カラヴァッジョは奇跡を現実的に描く画家ですが、ここでは肉感的、蠱惑的で両性具有的な美青年たちに羽のあるキューピッドが何気なく紛れています。翼以外に青年たちとキューピッドを区別するものはなくまるで同等の存在で、青年たちは生身を持つ天使のようであり、もしくは青年たちの天使性を描いているようにも思われます。キューピッドが手にしているブドウはディオニュソスアトリビュートでもありますが、リュートを手にした青年のうっとりと浸る表情は愛と音楽が共に人を酔わせ、陶酔をもたらすものであることを示唆しているのかもしれません。
レンブラントの《フローラ》(1654年頃)は個人的にこの展覧会で一番見たかった作品です。本作はウフィツィ美術館所蔵のティツィアーノ《フローラ》(1515~17年頃)から着想を得たとされています。しかし、ティツィアーノのフローラが肌着姿で半ば胸を開け、金髪を長く垂らし誘うような微笑みを浮かべていて、春と花の女神であると共に高級娼婦であることが示唆されているのに対して、レンブラントの《フローラ》は同じように花を差し出しているもののより控えめで、寓意画や美人画にしてはリアルな個性があります。慎ましいドレスと小さな赤い花で飾られた帽子という牧歌劇(アルカディア)風の装いは、汚れない魂と真の素朴さを象徴しています。女性が身につけている耳飾りやネックレスの真珠も無垢や純潔の象徴ですね。本作はドイツのカッセル美術館《サスキアの横顔》(1633/34~42年頃)によく似たポーズと横顔であり、レンブラントの人生の春を彩った亡き妻サスキアを偲んでいるように思えます。一方で、ちょうどこの作品が描かれた頃、レンブラントの事実上の妻はヘンドリッキェでしたが正式な結婚をしていなかったため、1654年6月にヘンドリッキェは教会から呼び出されてレンブラントとの関係を咎められています。そうした背景を踏まえるとレンブラントが自身の後半生に寄り添ってくれた伴侶ヘンドリッキェを弁護しているようでもあります。あるいはその両者も含め、レンブラントにとって生きる喜びと魂の豊かさをもたらしてくれる普遍的な女性像であると考えるのが良いのかもしれません*1
…ヴァトーの《メズタン》(1718~20年頃)は叶わぬ恋を追い求める道化師の切なさ、もの悲しさが感傷的になりすぎずに伝わってきます。通常メズタンの衣装は赤と白とのことですが、この作品では緑と赤で、マントやターバンの赤と鬱蒼とした緑の森との対比と呼応しています。フラゴナール《二人の姉妹》(1769~70年頃)は人形遊びをしている幼い姉妹が描かれていて、子供の可愛らしさやパステルカラーの色彩には砂糖菓子のような甘やかさが感じられ、まさにロココらしい作品でした。ブーシェ《ヴィーナスの化粧》(1751年)は身繕いする流し目のヴィーナスが描かれた装飾的な作品です。実際、この作品はルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人の居城ベルヴュー城にある「湯殿のアパルトマン」の扉を飾っていたそうです。
…美術批評の祖であるディドロが称賛したシャルダンとグルーズの作品が隣り合わせで展示されていたのは印象的でした。甘美なロココ美術全盛期に活動した両者ですが、彼らは共に庶民の日常を主題とする作品を多く残しています。グルーズの作品には一目で分かる雄弁な物語性が伺えるのに対して、シャルダンはより控えめで穏やかです。また、グルーズの古典主義的で明晰な描写に対して、シャルダンは光の効果や色彩により関心があるように感じられました。
…グアルディの《サン・マルコ湾から望むヴェネツィア》(1765~75年頃)は、ヴェネツィアの名所であるサン・マルコ大聖堂ドゥカーレ宮殿などを正確に、克明に描くにとどまらず、港に浮かぶ貨物船やその間を行き交うゴンドラで賑わう活気に満ちた海港都市としての姿を捉えています。一方、ターナーの《ヴェネツィアサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む》(1835年頃)は海と空、船影と水面、水面に映る建物と陸の境が溶け合い陽光の中で揺らめき、風景そのものよりも光の効果や空気感、実体と鏡像の融合に関心があるように見えます。
…ジェロームの《ピュグマリオンとガラテア》(1890年頃)は白い大理石の彫刻から生身の女性に変化する途上のガラテアが、色彩と質感のグラデーションで表現されていました。創作物に命を吹き込むことは芸術家の夢ですよね。
ゴヤの《ホセ・コスタ・イ・ボネルス、通称ペピート》(1810年頃)は、ふっくらとした顔立ちのまだ幼い少年が大きすぎる帽子を手に堂々と立つ肖像画です。制作当時、スペインはナポレオン軍と戦っていて、少年の帽子は兵士のもの、背景に置かれたおもちゃの馬や太鼓、そして銃も時代背景を感じさせます。それらを踏まえて見ると兵士の装いで勇む少年のあどけなさがより強調されるようでもあり、凜々しく結ばれた口元に子供ながら強い決意を秘めているようにも思われます。緑の上着と帽子の赤い羽根が対比され、少年の衣服の質感が生き生きとした筆遣いで捉えられている作品です。一方、スペイン独立戦争の相手国でもあったフランスのマネは、ベラスケスやゴヤなどスペイン絵画から少なからず影響を受けました。《剣を持つ少年》(1861年)は上述のゴヤの作品と比べるとより説明性が省略され、平面的でモダンになっています。少年は自分の身体には大きすぎるサーベルを抱えていますが眼差しはひたむきで、そんな少年を見守る画家の親しみが感じられます。茶褐色と黒が主体の画面のなかで少年の大きな白い襟と青い靴下が一際目を引き、洗練された色彩感覚がマネらしい作品だと思いました。
シスレーヴィルヌーヴ=ラ=ガレンヌの橋》(1872年)はパリの北にあるセーヌ川沿いの村ヴィルヌーヴ=ラ=ガレンヌの風景を描いた作品で、綿のような白い雲の浮かぶ明るい空が印象的です。青空と緑の土手が映りこんだ川面には船が浮かび、さざ波はやや大きめの点描で軽やかに描かれています。降り注ぐ夏の日差しに川岸の家並みは隈無く照らされ、吊り橋のたもとの日陰では恋人たちが寄り添って涼んでいます。穏やかな気配とゆったり過ぎていく時間が安らぎをもたらし、平凡な日常こそかけがえのない幸福であることを改めて思い出させる作品だと思います。

*1:レンブラントと巨匠たちの時代」(伊勢丹美術館)1998年、P28