展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

生誕150年 横山大観展 感想

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見どころ

…この展覧会は横山大観(1868年~1958年)の生誕150年、没後60年を記念した回顧展です。92点(うち本画84点、資料8点)の出品作品は全て大観の作品で、見どころは水の一生を描いた水墨画で全長40メートルを超える日本一長い画巻「生々流転」(重要文化財)の一挙公開、「夜桜」「紅葉」の同時展示(5/8~5/27)、「白衣観音」「彗星」など新たに見つかった作品の公開です。
…混雑が予想される展覧会で、個人的には行くかどうか直前まで迷ったのですが、行って良かったです。日本美術というと繊細でこじんまりとした作品をイメージしがちな私の先入観が良い意味で覆されて、大観のユニークな個性とスケールの大きさ、作品に傾ける情熱を感じることができました。比喩的に作品からエネルギーをもらうという言い回しをすることはありますが、見る前より見終わったあとのほうが本当に元気になる展覧会というのは初めてで、絵は実物を見なければならないと改めて思いました。

  • 見どころ
  • 概要
    • 会期
    • 会場
    • 構成
    • 展示期間別作品一覧
      • 全期間展示
      • 4/13~4/19
      • 4/13~4/25
      • 4/13~5/6
      • 4/13~5/13
      • 4/20~5/13
      • 4/20~5/27
      • 4/26~5/6
      • 5/8~5/27
      • 5/15~5/27
      • 京都展のみ出品
  • 感想
    • 屈原
    • 「帰帆」
    • 「群青富士」、「霊峰十趣」
    • 「朝陽霊峯」
    • 「夕顔」、「野に咲く花二題(蒲公英・薊)」
    • 生々流転
  • その他 混雑状況、会場の様子等

 

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ヌード展~英国テート・コレクションより 感想

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見どころ

…この展覧会は人間にとって最も身近であり、西洋芸術の永遠のテーマでもある裸体表現=ヌードについて、ヴィクトリア朝から現代に至る200年間の歴史の変遷を紐解くものです。出品作品は絵画、彫刻、版画、写真など約130点で、西洋近現代美術の充実したコレクションを誇るイギリスの国立美術館テートの所蔵品です。特に、1913年に英国のルイス市庁舎に貸し出された際に物議を醸して、覆いをかけられてしまったというエピソードもある官能的なロダンの大理石彫刻「接吻」は、今回が日本初公開となります。
…ヌードをテーマにした展覧会ということで、私は昨年から楽しみにしていたのですが、実はヌードを切り口にした大規模な展覧会というのはあまり前例がないのだそうです。テーマとしては大きすぎるのかもしれないですね。例えるなら、恋愛をテーマに文学を語ろうとしたら逆にどこから手を付けて良いか戸惑ってしまうようなものでしょうか。この展覧会はその大きなテーマに正面から取り組んでいますが、ヌードという共通項以外は時代背景や作風、テーマによって大きく表現の異なる幅広い作品が集まっていて、展示を見ている間はヌードを意識するよりも、それぞれの作品に込められたものについて考えさせられました。モデルの個性に着目する作家もあれば、より普遍的な身体の形状に着目する作家もあり、愛や性が描かれている作品もあれば、生命を問う作品もありと、多義性をはらみつつ、いずれも人間の本質と直接結びついているのがヌードなのだと思います。私は美術作品を見るのが好きで、正直、美術館に裸体を表現した作品があるのは当たり前という感覚になってしまっているのですが、もしかしたら今回の展覧会は普段ヌードを見慣れていない方のほうが発見があり、面白く感じられるかもしれません。

概要

会場

横浜美術館

会期

…2018年3月24日~6月24日

構成

1 物語とヌード:19世紀ヴィクトリア朝時代
2 親密なまなざし:19世紀後半
3 モダン・ヌード:20世紀初め
4 エロティック・ヌード
5 レアリスムとシュルレアリスム戦間期
6 肉体を捉える筆触:1950年代以降
7 身体の政治性:1970年代
8 儚き身体:1980年代
…19世紀以降現代まで、概ね時代順の構成ですが、同じヌードというテーマでありながら、200年の間に表現方法が大きく変化したことが感じられる内容となっています。変わったのは裸体ではなく、社会であり認識なのでしょう。なお、4章のみはセクシャルな表現のある作品が時代横断的に集められて展示されています。

ロダンの「接吻」について

…この展覧会に出品されているロダンの「接吻」はテートの所蔵作品ですが、「接吻」は複数存在し、たとえば国立西洋美術館にはブロンズ製の「接吻」が所蔵されています。しかし、ロダンの生存中に制作された大理石像の「接吻」はロダン美術館、ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館、そしてテートの3体のみです。なお、本作は他の大理石彫刻と同じく、ロダンの指示のもと彫刻家リゴーが大部分を制作したそうです。
…「接吻」はもともと「地獄の門」の一部として構想されたものの、その後切り離されて独立した作品となりました。最初の大理石像はフランス政府からの発注を受けて制作され、リュクサンブール美術館を経て現在ロダン美術館に所蔵されています。テートのコレクションとなっている作品は、英国在住のアメリカ人コレクター、エドワード・ベリー・ウォーレンが1900年に依頼したものですが、1913年にウォーレンからルイス市庁舎に貸し出されたところ、不倫を扱った上にエロティックすぎるという理由から騒ぎになり、わずか2年で返却されてしまいます。ウォーレンが亡くなった後は競売に掛けられたものの買い手がつかず、紆余曲折を経て1953年にテートのコレクションとなりました。真実の愛の姿を形にしたために物議を醸した「接吻」ですが、安住の地を得て今日では世界的に広く称賛を勝ち得ています。

テート(TATE)とは

…テート(TATE)とは、1897年、実業家のヘンリー・テートのコレクションとナショナル・ギャラリーが所蔵するイギリスの作品を元に開設されたテート・ギャラリーが2000年に改組されたもので、テート・ブリテン、テート・モダン、テート・リヴァプール、テート・セント・アイヴスの4つの施設から構成されています。16世紀から現代に至る英国美術を展示するテート・ブリテン、国内外の近現代美術を展示するテート・モダンというように、施設ごとの特色・役割分担がある一方で、美術館の核となるコレクションは4つの施設で共有されているそうです。展覧会のサブタイトルが「テート・コレクションより」となっているのはこうした経緯の上でなんですね。

感想

フレデリック・レイトン「プシュケの水浴」

…「プシュケの水浴」は縦の長さが横幅の約3倍と細長く、腕を上げたプシュケの立ち姿と背後の柱、すらりと伸びたプシュケの裸体に纏い付く白い衣の襞が垂直性を強調していて、脱ぎ捨てられた黄色い服が流れ落ちるように足元の水の中へと視線を誘導しています。水鏡に映った自分の姿に見入る描写はナルシスの神話を連想させますが、思わず見惚れるのも無理はない美しさですね。神話では人間のプシュケが女神のアフロディテより崇拝を集めたため女神の怒りに触れてしまうのですが、女神の怒りはエロスとプシュケを引き合わせるきっかけともなりました。地上のものではないようなプシュケの美しい姿は同時にエロス=愛を得た魂の美しさであり、この作品は愛のもたらす幸福に魂が陶酔している様を描いているようにも思われます。愛を得て完全なものとなった魂を表現するには、非の打ち所のない理想的な肉体こそ相応しいのかもしれません。

アンナ・リー・メリット「締め出された愛」

…建物の外に立ち、腕を伸ばして精一杯ドアを押している裸の人影。小柄で性別の見分けがつかない後ろ姿から、人影は子供だと思われます。女性画家がヌードを描くことにまだ社会の抵抗があった19世紀末において、子供の裸体は素朴で自然なものと見なされ、女性が描くことも許容されていました。この作品の主眼の一つが、緩やかな曲線を描く裸体の表現にあることは確かでしょう。それにしてもどうして締め出されたのだろうか、と思ってよく見ると子供の足元には矢が落ちていて、タイトルにある愛とはクピドのことを指していると分かります。描写は写実的ですが、描かれているのは象徴的な場面なんですね。薔薇の花はクピドの母ヴィーナスのアトリビュートで愛の象徴であり、穴の開いた容れ物は失われたものは取り返しがつかないことを暗示していると考えられます。実は「締め出された愛」は結婚して間もなく亡くなってしまった夫への追悼としてメリットが描いたものであり、扉は墓所の扉なのだそうです。クピドの後ろ姿は、黄泉への扉に隔てられて締め出されてしまったやり場のない愛の姿でもあります。俯いたクピドの表情は影になって見えませんが、緩やかな曲線を破って真横に突き出された両腕には、聞き分けのない子供のように、喪失を受け入れがたく感じている画家の悲しみが込められていると思います。

ハーバート・ドレイパー「イカロス哀悼」

…岩の上に仰向けに横たわる裸体の青年。その両腕に取り付けられた翼から青年はイカロスだと分かります。周りには水の精が集まってイカロスの死を嘆き、背後の断崖を日没前の太陽が照らしています。水の精に抱えられたイカロスのポーズはピエタに準えたものですが、一方で、画面一杯に広げられた翼は背中から生えているようにも見えて、あたかも天使のようです。神話のとおりであれば蝋が溶けた翼は宙に散って海に落ちたはずですから、ドレイパーは身体の何倍もあるこの大きな翼を描きたかったのでしょう。神話自体には若者の無謀さや人間の奢りを戒める意味合いがあると思われますが、この作品では教訓よりも悲劇性が前面に出ている印象を受けます。叶わぬ憧れを抱いて挫折する人間の宿命。あるいは、人類の永遠の夢でもある空への飛翔は、天上の世界への魂の希求と重なるとも考えられます。力なく横たわる土気色の肉体と対照的に、残された天使の翼は再び羽ばたきそうにも見えますが、儚い現し身から解放されたことで、イカロスの魂は天上の世界へと飛び去ったのかもしれません。

ピエール・ボナール「浴室の裸婦」「浴室」

…ボナール「浴室の裸婦」は、明るく温かみのある色彩に柔らかく包み込まれるような皮膚感覚を覚える作品です。レースのカーテン越しに昼の日差しが差し込む浴室には白い浴槽が置かれ、赤と黄の敷物や椅子に置かれた青い服(あるいはタオル)と色彩が対比されています。見下ろすような視点から、入浴中の人物の湯の中に漂う脚のみが描かれている構図が印象的ですね。浴槽に浸かっているのはボナールの妻のマルトで、もう一人、部屋の奥に立っていてやはり脚のみが見える人物はボナール自身だと考えられるそうです。では、この画面は誰の視点で描かれているのでしょうか。ボナールは対象の第一印象を大切にするために、あえて記憶を頼りに描くことを好んだそうですから、この作品も記憶にある情景を元に再構成された可能性があります。また、ボナールは制作に当たって写真を活用したそうなので、身体の一部のみが切り取られたインパクトのある構図は写真の影響もあるかもしれません。ところで、ヌードを描いた作品にはしばしば水が存在します。泳いだり入浴したり、水に入るときには自然と裸体になるため、ある意味当然のことなのですが、例えばレイトンの作品ではプシュケの姿を写す鏡としての役割、ローレンス・アルマ=タデマの作品では裸体のフィルターとしての役割と、作品ごとに異なる意味合いを持って描かれています。ボナールの「浴室」に描かれたマルトの場合、浴槽に寝そべり水に浸かっている姿は、まるで揺り籠に身を委ねているように感じられます。ボナールの描く水は羊水のような水であり、デリケートな裸体は剥き出しの外気に晒されることなく、部屋、浴槽、水という三つの膜に包まれて守られている、そんな印象を受けます。マルトは結核の治療のために水療法を試みていたそうで、頻繁に入浴する妻の日常はそのままボナールの日常だったのでしょう。妻を労り、優しく見守る画家の眼差しに見る者までが包み込まれるような作品だと思います。

ウォルター・リチャード・シッカート「オランダ人女性」

…ホイッスラーとドガに学んだウォルター・リチャード・シッカートは、1880年代後半からロンドンの新しい美術の中心的存在となり、主に都会の労働者階級をテーマに作品を制作しました。写真をもとに描いた後年の作品はポップアートの先駆とされるなど、イギリスのモダン・アートの発展に寄与した画家として評価されてもいます。しかし、切り裂きジャック事件に強い関心を寄せてジャックが一時住んでいたと言われる部屋を借りたり、「切り裂きジャックの寝室」など事件に触発された作品を残したりしたため、「切り裂きジャック」事件の容疑者の一人として有名になってしまいました。*1。百三十年も前の事件の真相は不明ですが、シッカートの作品に社会の暗部を取り上げたものが多いことは確かでしょう。「オランダ人女性」に描かれた裸婦は暗い部屋の中で粗末な鉄柵のベッドに身を横たえ、容貌も判別できません。女性は足を組んで見せつけるような挑発的なポーズをとっていますが、愛や官能の気配は感じられず、即物的に描かれています。売春で糊口を凌ぐ女性の苦労や嘆きへの共感、あるいは逆に自堕落さや淫蕩さへの批判といった価値判断もここでは一切介在せず、冷徹な画風だと思います。シッカートは、ヌードは現実の環境に置かれることによってはじめて、裸であることが意味を成すと主張したそうですが、無情な現実に容赦なく晒される裸体は、ぎりぎりの日常を生きる名もなき人々の身一つ分の尊厳を訴えているのかもしれまません。

アルベルト・ジャコメッティ「歩く女性」

ジャコメッティの「歩く女性」は、女性であることを示す胸の膨らみ以外はほとんど平板な上体と円筒形の脚という単純な形から成っています。縦に細長く引き伸ばされたフォルムを支える両脚にはどっしりと量感があり、僅かに半歩前に踏み出された足がこの彫刻に生気を与えています。ジャコメッティはこの作品を1933年のシュルレアリスム展に出品するに当たって、腕と頭部を取りつけました。床に向けられた左腕の先端には羽が、上に伸ばされた右腕には花のような手が付けられ、頭部はチェロの首と頭でできていたそうで、非現実的であり得ない組み合わせが確かにシュルレアリスム的ですね。それはそれで見てみたかった気もしますが、最終的には1936年に現在の形に落ち着いたそうです。歩く姿に焦点を絞り、表情や個性、あるいは様式的な修辞といったある種の「贅肉」を削ぎ落とすことで、本質に迫ったのがこの形なのでしょう。腕や頭部がなくても気にならないのは、本作がそれ自体で過不足なく完結しているからだと思います。アルカイック期の彫刻のように素朴ながら力強さに満ちている作品だと思います。

オーギュスト・ロダン「接吻」

…個人的にはロダンの「接吻」を見るためにこの展覧会に来たと言っていいほどですが、実際に彫刻の周りを歩いてみて、まずは男性の腕の太さに気がつき、像の大きさを実感させられました。抱擁する男女は二人とも座っているので、一見しただけではピンとこないんですね。固く抱き合う直前、まさに唇が触れた瞬間を捉えた作品で、彫刻が高い位置にあるため顔は見えづらかったのですが、その分手や背中といった全身の表情から昂揚する恋情が伝わってきました。女性が受け身ではなく、積極的に表現されているのも印象的です。この彫刻はダンテの「神曲」に基づくもので、女性のほうはフランチェスカ・ダ・リミニ、男性はパオロ・マラテスタ。二人は13世紀の実在の人物で、グイネヴィアとランスロットのロマンスを読んで感動して接吻を交わすものの、不貞を目撃したフランチェスカの夫に殺されてしまったのだそうです。「神曲」では地獄に落とされて罰を受けている二人ですが、この彫刻は恋に身を投じた二人が身も心も分かちがたく結びついている姿を、英雄のような巨大さで石に刻んでいると思います。

バルテュス「長椅子の上の裸婦」

…薄暗い室内で、目を閉じて仰向けに横たわる裸婦。女性は長椅子の背からずれてのけぞり、腕を左右に広げて上半身は開かれているのに、下半身は閉じた窮屈な体勢です。図録の解説にもありますが、この不自然なポーズは十字架の形に見えます。バルテュスルーブル美術館に通って大画家の作品を研究していたそうですが、例えばジャン・ジューヴネの「十字架降下」に描かれたキリストのポーズなどは、伸ばされた腕や斜めに立てかけるように傾いだ身体などが共通しています。赤い靴は磔刑によって流れた血をイメージさせるためとも考えられますし、長椅子の肘掛けに掛けられた白い布は聖骸布の代わりでしょう。「眠りは死の似姿」という言い回しがありますが、この作品は少女と言ってもいい若さの女性に死を想起させるポーズを取らせることで、肉体の儚さを暗示している一種のヴァニタス画と考えることができると思います。あるいは穢れのない乙女の犠牲によって、欲望に塗れた人々の罪が赦されることを示していると考えることもできるでしょうか。人はしばしば建前だけでは収まりきらない逸脱や混沌を抱えていますが、そうした真実を排除せずに向き合い、受け入れていくのが芸術の一つのありようではないかと思います。ゴルゴダの丘で十字架に掛けられたキリストの犠牲は衆目に明らかですが、少女の犠牲は閉ざされた室内で人知れず払われるのかもしれません。

ポール・デルヴォー「眠るヴィーナス」

…「眠るヴィーナス」の舞台は周囲を高い山で囲まれ、外界から隔絶された幻想の都市です。古典的な建築に囲まれた広場では、裸の女性たちが夜空を仰いで恐れおののき、あるいは蹲って絶望しています。唯一服を身につけているのは命のないマネキンで、無機質な微笑を浮かべて鑑賞者を作品の世界に案内するかのように手を挙げています。その向かいに描かれている不気味な骨格標本は足を前に踏み出していて、これから広場のほうに向かおうとしているのかもしれません。不穏な気配に満ちた情景の中で、ヴィーナスだけが超然と長椅子に横たわっています。画面に登場するヴィーナスや骨格標本といったモチーフは、いずれもブリュッセル博覧会の呼び物であったスピッツナー博物館の展示に基づいているそうですが、人間の身体が着衣、裸体、骨格という三つの様相で表現されていることが興味深いです。特に、マネキンと標本はヴィーナスを挟んで同じ仕草をしていますから、両者は対として描かれているのでしょう。着衣のマネキンは人間の日常的な姿であり、衣服のみならず、社会的な属性などによって本質が覆われてしまっていることの暗喩だと考えられます。一方で、骨格標本は全ての人間の中身であり、ある意味で真の姿と言えますが、生物学的な存在であって人間性は感じられません。デルヴォーは骨格の外側を包む肉の表面であり、隠された内なる姿でもある裸体こそ本質的な存在と捉えて、命ある姿で描いたのかもしれません。また、本作は第二次大戦中にブリュッセルが爆撃被害を受けている中で描かれたものですが、怯え惑う人々を裸体で描くことで、極限の状況下における命の生々しい実感を表現していると思われます。広場の背後に小さく描かれている人の列は葬列でしょうか。しかし、そうした状況下であっても、女神の静謐な眠りが妨げられることはないようです。眠るヴィーナスは博覧会という祝祭空間の喧噪の中であろうと、戦火の中で爆撃に晒されていようと、美は揺るぎないものであることを象徴しているのではないかと思います。

ルシアン・フロイド「布切れの側に佇む」

ルシアン・フロイドの「布切れの側に佇む」という作品では、裸体の女性が自分の身長ほどにも高く積み上げられた白い布切れの前に佇んでいます。壁と床が同色で、画面の奥行きも浅いため、一見すると女性は立っているのか横たわっているのか見分けがつきません。布切れの山はベッドのようでもあり、女性はまるで眠っているかのように無防備に裸体を晒しています。彼女の肌は日頃服から出ている日に焼けた部分とそうでない部分とで色が異なり、ところどころ赤みが差し、腹部は弛んでいます。描かれているのは物語もメッセージもないただの彼女自身であり、血の通った生活感のある自然な裸体です。背後の白い布切れは絵筆を拭くために使用されたものだそうですから、画家の存在の痕跡とも言えるでしょう。そう考えてみると、右腕を上げた女性は画家と身を寄せ合っているようでもあり、画面の中の親密度が高まります。フロイドはヌードを静物ではなく肖像として描きたいと考えていたそうですが、対象を生々しく描くことで曝け出されるのは画家自身でもあるのかもしれません。

その他

…私が見に行ったのは会期最初の日曜日でしたが、まだ序盤なので混雑もなく、ゆっくり鑑賞できました。天気が良かったので皆さんお花見に行っていたのかもしれませんね。第2章「親密なまなざし」の展示室はややスペースが狭かったので、混雑してくると作品が見づらいかもしれませんが、他のコーナーは気になりませんでした。
…「エロティック・ヌード」の展示室は他の展示室から独立したスペースが当てられていましたが、特に注意表意等はなかった気がします。展覧会によってはセクシャルな表現のある作品を展示したコーナーがかなり明確に仕切られていて、ちょっと入りづらい場合もあるのですが、この展覧会では自然に順路に従った形で見て回ることができました。
…コレクション展では下村観山によるミレイ「ナイト・エラント」の模写をはじめ、特別展のテーマに関連する横浜美術館の所蔵作品が展示されているので、時間が許せばそちらもご覧になることをお勧めします。個人的には諏訪敦氏の作品が良かったです。
…所要時間はコレクション展も含めて2時間程度を見込んでおくといいと思います。

※2018.4.6誤記訂正しました。米国の市庁舎→英国のルイス市庁舎です。

*1:「怖い絵展(2017年10月7日~12月17日、上野の森美術館)」図録P142

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光

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…現在、国立西洋美術館で開催中の「プラド美術館展」の見どころは何と言ってもベラスケスの作品が7点も来日していることでしょう。現存するベラスケスの作品は約120点のみで、そのうちの約4割がプラド美術館に所蔵されています。それが7点も日本で見られるのですから、確かに事件ですね。これ以上見るには直接スペインに行くしかない、というぐらいの貴重な機会だと思います。
…出品数は70点、ベラスケスを中心にスルバラン、ムリーリョ、ルーベンスティツィアーノなどプラド美術館が所蔵する17世紀前半のスペイン内外の画家たちの作品が展示されています。バロック絵画らしく大作揃いで、ボリュームたっぷりの展覧会です。

  • 概要
  • 感想
    • 芸術:ベラスケス「フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像」、スルバラン「磔刑のキリストと画家」
    • 知識:ベラスケス「メニッポス」
    • 神話:ベラスケス「マルス」、ルーベンスアンドロメダを救うペルセウス
    • 宮廷:ベラスケス「狩猟服姿のフェリペ4世」「バリェーカスの少年」
    • 風景:ベラスケス「王太子バルタサール・カルロス騎馬像」、コリャンテス「羊飼いの礼拝のある冬景色」
    • 静物:ヤン・ブリューゲル(父)「花卉」
    • 宗教:ベラスケス「東方三博士の礼拝」、ムリーリョ「小鳥のいる聖家族」
  • その他

 

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至上の印象派展~ビュールレ・コレクション

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…この展覧会はスイスの個人収集家エミール・ゲオルク・ビュールレ氏のコレクションのみで構成された、19世紀から20世紀にかけてのフランス絵画を中心とした展覧会です。タイトルには印象派とありますが、印象派以外の作品も充実していて、個人のコレクションとは思えないほど質の高い作品群によって近世以降の西洋美術の流れを見渡すことができる内容となっています。以下、見所と感想をまとめました。

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ルドン~秘密の花園展

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…この展覧会はオディロン・ルドンの作品のうちでも花や植物が描かれたものに焦点を当てたものです。国内外の美術館から集められた出品作94点はほとんどがルドンの作品で、油彩画が約半分ですが、リトグラフの作品も多く、ルドンが「わたしの黒」と呼んだ木炭画・版画作品と色鮮やかな油彩画の双方をバランス良く見ることができる内容となっています。見どころの一つはルドンが手がけた大がかりな装飾プロジェクトであるドムシー城の食堂壁画で、16点の装飾画が揃って展示されるのは日本初とのことです。
…植物モチーフという角度からルドンの画業を捉え直すという企画は、世界でも初めてだそうです。ルドンと植物というテーマに対して、私は当初あまりイメージが湧かなかったのですが、この展覧会を通じて、植物のモチーフは時にひっそりと人物の傍らに添えられ、時に主役として画面の中央に描かれ、初期から晩年までルドンの作品の欠かせない要素であったと知ることが出来ました。以下、本展を見ての感想などです。

 

 

概要

会期

…2018年2月8日~5月20日

会場

三菱一号館美術館

構成

 1 コローの教え、ブレスダンの指導
 2 人間と樹木
 3 植物学者アルマン・クラヴォー
 4 ドムシー男爵の食堂装飾
 5 「黒」に棲まう動植物
 6 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
 7 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな
 8 装飾プロジェクト

ルドンに影響を与えた人々

…展覧会の各章のタイトルには、ルドンの芸術や人生に影響を与えた人々の名がありますね。それぞれの人物とルドンとの関わりについて、簡単にまとめてみました。なお、文中で引用したルドンの言葉はいずれもルドン自身の手記が元になっています。

*ジャン・バティスト・カミーユ・コロー(1796-1875)
…歴史的風景画の大家。ルドンと交流があり、ルドンに制作の方向を示した。ルドンは何度かバルビゾン村に滞在もしている。ルドンは自伝的手記である『私自身に』の中で、コローから受けた教えについて以下のように述べている。「『不確かなもののかたわらに、確実なものをおきたまえ』と、コローは私に言った。そして彼は私にペンで描かれた習作を見せた。それは豊かに茂った木の葉の絵で、葉は一枚一枚これと指し示すように、また刻み込むように描かれていた。コローは私に続けて言った。『毎年同じ場所に行って描くといい。同じ木を写すんだ』」*1
*ロドルフ・ブレスダン(1822-1885)
…放浪の版画家で、細密描写を特徴とする作品を制作。ルドンに版画技術を指導した。本展にはブレスダンの「善きサマリア人」が出品されている。ブレスダンの死の翌年に刊行されたルドンの版画集『夜』の第一葉《老年に》は、ブレスダンをモデルに描いた肖像画がもとになっているとされ、亡くなった師を悼んでのものと見られる。
*アルマン・クラヴォー(1828-1890)
…在野の植物学者。ルドンにポーやボードレールの文学作品を紹介するなど、精神的な面で大きな影響を与えた。ルドンはクラヴォーの研究について、「無限に微小なものの研究をしていました。(…)知覚の限界のような世界で、動物と植物の中間の生命、花というか存在というか、一日のうち数時間だけ、光線の動きによって生物として生きる神秘的な存在を研究していたのです(『芸術家のうちあけ話』)」*2と語っている。『夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)』は自殺したクラヴォーに捧げた版画集。
*ロベール・ド・ドムシー男爵(1862-1946)
…ルドンのパトロン。それまで小型の作品を制作してきたルドンに大型の食堂壁画を依頼した他、「神秘的な対話」などの作品も所有。ルドンが経済的な理由で断念してきたイタリア旅行へ連れ出し、壁画制作の参考とさせたりもした。男爵が首長を務め、城館の所在地でもあるドムシー=シュル=ル=ヴォーはフランス中部のブルゴーニュ地方ヴェズレー近郊に位置する小さな自治体。

感想

「ペイルルバードの小道」

…タイトルにあるペイルルバードは、幼少のルドンが養育された地の名前です。雲のない緑がかった深い青空の下、強い日差しが生い茂る木立や草地を明るく照らし出し、影になった茂みや建物とのコントラストが際立っています。色彩は明るいものの色合いは主に緑と暗褐色に抑えられ、画面の奥には空虚な荒野(ランド)が広がる寡黙な風景です。ルドンの油彩作品は線も色も柔らかく、デリケートと言って良いほどだと思いますが、この風景画はすっきりとして研ぎ澄まされている印象です。私は以前に同じ三菱一号館美術館でルドンの「ブルターニュの海沿いの村」という小さな油彩画を見たのですが、作品の纏う空気が「ペイルルバードの小道」とよく似通っていて、色素を凝縮したような空と海の青と、陸地や家並みの褐色というほぼ二色によって色も形もくっきりと明瞭に描かれた、乾いた静けさを湛えた風景画でした。無駄を削ぎ落とした写実的な描写、簡素で禁欲的な表現はルドンが「作者のための習作(エチュード)」と名付けた小型の油彩風景画に共通する雰囲気ですが、こうした習作にはコローの影響がありそうです。あるいは、元々のルドン自身の考えとコローの制作方法に近しいものがあって共鳴したのかもしれませんが、ルドンは次のように記しています。「それ(=コローの習作)は不器用な傑作だ。そこでは眼と精神がすべてを支配する。観察のもとでは、手は奴隷だ。コローは、描くという芸術のこの実践において、誠実で巧みな先導者である(『私自身に』)」*3。幻想的な作風で知られるルドンですが、対象の観察と正確な描写を重視していたことが分かります。コローもそうですね…叙情的な風景画で名高い画家ですが、そうした作品の背後には不器用なまでに写実に徹した習作の積み重ねがあったのでしょう。「毎年同じ場所に行って、同じ木を描きなさい」というのは、同じ木だから同じに描けていなければ不正確な描写だという意味でしょうか。または、同じ木を描くのでも翌年にはより精度の高い写生、観察力や技術の進歩などが見える必要があるという意味とも考えられます。いずれにせよ、木を画家を計る一つの物差しと見做していたのでしょう。「確かなものの傍に不確かなものを置きなさい」という言葉は、幻想を支えるリアリティの必要性を説いているとも、逆に写実を超えたイメージの大切さを説いているとも考えられますが、目に見える確かなものと目に見えない不確かなものは二者択一ではなく、不可分のものだというメッセージのように思われます。「素朴な習作、逆によく知っているものを忘れ、目に映るものにできるだけやさしく近づこうというつもりで描いた習作は、確かで、豊かな、汲み尽くせない資源であり、忘れ去ることのできないものなのだ(『私自身に』)」*4。これはコローの教えと共に記されたルドンの言葉なのですが、ルドンの「作者のための習作」にそのままあてはまると思います。ルドンは「作者のための習作」を生涯手元に置き、生前はほとんど発表されることもなかったのですが、これらの習作は寡黙にもかかわらず見る者の想像力を刺激する豊かな魅力があると思います。ところで、よく見ると、風景の中に小道を行く小さな人影が描かれています。ルドンは「荒野(ランド)にいる人々はいたるところで輝きを失い、崩れ、それぞれが悲嘆に暮れた目をし、自分自身と土地とを放棄し、消え去らんとしているかのように見えた(『芸術家のうちあけ話』)」*5と述べていますが、この道を行く人影もそうした顔つきをした一人だったのでしょうか。ペイルルバードに関するルドンの言葉には、不毛や孤独といったネガティヴな単語が見受けられるのですが、一方でルドンはこの地の屋敷の売却が決まったとき強く抵抗するほど自分の育った地に愛着を持っていました。不毛な荒野で過ごした孤独な時間は画家の豊かな幻想の揺り籠でもあったのでしょう。

「二人の踊女」「神秘的な対話」

…「二人の踊女」に描かれているのは、場所や時代の判然としない場面です。夕暮れ時なのか、黄金色に染まった空を背景に、画面右手には険しい峰が聳え、谷間には黒々とした影が差しています。タイトルには踊女とありますが、女性の一人は腰を下ろして赤い枝を手に川の流れに足を浸し、物思いに沈んでいます。その傍らに立つ女性は座っている女性に手を伸ばして、踊るように促しているのでしょうか。「神秘的な対話」でも、メインとなるのは二人の女性です。場所は神殿と思われますが、女性たちの足元は花園のただ中のように色とりどりの花で埋め尽くされ、背後の柱の間からは青空とバラ色に染まった雲が見えています。まるで天上の世界のようですね。この作品は従来、聖母マリアがエリザベト(洗礼者ヨハネの母)を訪ねて互いに身籠ったことを喜び合う「御訪問」と解釈されてきたそうです。伝統的にマリアは赤い衣を着ている姿で描かれますから、黄色のベールを被った女性がエリザベトになるでしょうか。彼女はマリアの手を取り、指を立てて語りかけていますが、マリアは赤い枝を手に静かな面持ちで俯いていて、喜び合うのとは少し違う雰囲気を感じます。この二つの作品に共通するのは、赤い枝を持つ女性が何かを考え込むような表情をしていることです。彼女たちが見ているものは深い無意識の世界でしょうか、あるいは遠い未来なのでしょうか。ルドンにとって植物は空想の世界と私たちを繋ぐ依り代であり、どちらの要素も持つモチーフなのだそうです。赤い枝は女性と目に見えない世界を繋ぐ役割を果たしているのでしょう。そんな今にも現実から離れていこうとしているかのような女性に対して、もう一人の女性は引き留めるような仕草をしています。赤い枝は神や運命に選ばれた徴であり、その枝を持たない女性との間を隔てるものでもあるかもしれません。なお、ルドンはのちに小舟に乗った二人の聖女というモチーフを好んで、繰り返し描いています。ここではもはや赤い枝は見当たらず、二人を乗せた舟そのものを満たす花に姿を変えています。同じ船に乗り行き先を共にする二人は互いに寄り添い、運命を共有しているのでしょう。

「夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)Ⅵ.日の光」他

…ルドンの作品と言うと、やはり第一に幻想的な版画作品が思い浮かびます。「『夜』V.巫女たちは待っていた」では石のはずの柱から根が生え、葉をつけています。目のある植物や顔のある種子など、ルドンの描く幻想的なモチーフは植物と動物、あるいは生物と無生物などの断絶がなく、融合や変容によって容易に相互の壁を越境しています。こうしたモチーフの背後には、クラヴォーが研究していたという植物とも動物ともつかない微細な生物のイメージがあるのかもしれません。事実は小説より奇なりという言葉がありますが、空想を超える奇妙な生物が現実に存在する、それを目の当たりにした経験はルドンに大いにインスピレーションを与えたのでしょう。
…「『ゴヤ頌』Ⅱ.沼の花、悲しげな人間の顔」は沼沢地に咲く人面花を描いたもので、植物学者だった友人アルマン・クラヴォーの「高等植物の受粉」に掲載されている豆の発芽の図版が元になっているとの指摘もあるそうです。ルドンが幼少の頃育ったペイルルバードも不毛な沼沢地でした。「あなたもご存じのそれらの悲しげな顔は、私の故郷に由来するものなのだ。なぜならそれは私が見たものであるし、子供だった私の瞳は、心の奥底の響きとしてそれらを持ち続けてきたのだから(『私自身に』)」*6。ルドンがランドに生きる人々の顔つきに見出した悲しさは、ルドン自身の心の奥底にも宿っていたようです。「私はあのころ悲しく、弱弱しい子どもだった思う。私は、沈黙を喜びとする観察者だった。子どもなのに、私は暗闇を探し求めた。家の片隅にある、遊び部屋の大きなカーテンの中に身を隠すと、深い、奇妙な喜びを感じたのを覚えている。そして外に出ては、田園の中で、空の魅力はえもいわれぬものだった!(『芸術家のうちあけ話』)」*7。身体の弱いルドンは同じ年頃の活発な子供たちのようには過ごせなかったようです。しかし、端からはぼんやりしているように見えたとしても、ルドンは孤独と引き換えの自由を味わい、外界の静寂により心の内なる声に耳を傾ける習慣を身につけ、暗闇のもたらす夢を貪り、精神の活動は旺盛だったのだろうと思います。「黒を大事にしなければならない。黒は何ものにもけがされることがない。黒は眼を楽しませてくれるわけではないし、肉感性を目覚めさせてくれるものでもない。黒はパレットやプリズムの美しい色以上に精神の活動家なのだ(『私自身に』)」*8。不毛の地にも花は咲くのでしょう。たとえ歪で奇妙な花でも、そうした地にこそ育つ魂もあるのかもしれません。
…「夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)Ⅵ.日の光」は暗い部屋に穿たれた大きな窓の外にまっすぐな木の幹が見えている作品です。同じ版画集の他の作品には全て人の姿があり、おそらくクラヴォーの姿や人生を念頭に置きつつ描いていると想像されるなかで、この一葉は異質な印象を受けます。暗い部屋は思考や心情など内面の世界、窓の外は外界や現実の比喩でしょうか。木=植物はクラヴォーの研究対象ですから、クラヴォーが植物学という現実世界を研究すると共に、同時代の文学やインドの詩、仏教といった精神世界にも造詣が深かったことを示していると捉えることもできそうです。あるいは、暗い部屋はルドンの内面であり、明るい世界にまっすぐ立って伸びる木はルドンに未知の世界を拓いて見せてくれたクラヴォーその人を見立てているとも考えられます。ところで、暗い部屋は虚ろな空間ではなく、泡のようなものが描かれているのですが、これはルドンの作品にしばしば見られる浮遊する顔でしょうか。種子のようであったり、精霊のようであったりする顔は、見えないものの象徴と考えることもできそうです。例えば「『陪審員』Ⅴ.目に見えぬ世界は存在しないのか」などは、タイトルも符合します。官能を満たす物質的な世界とは異なる世界、暗い部屋で芽吹く活発な精神の種子、想像力の源は、やがて根を張り枝を伸ばして、明るい世界をまっすぐに貫く木に成長したのかもしれません。ここではルドンの友人に対する敬意が、物差しでもあり道標でもある木の確かな存在に託されて表現されているのだろうと思います。

「目をとじて」「オルフェウスの死」

…「目をとじて」は、物思いに耽っているような表情で目を閉じている女性の半身像を、色とりどりの花が取り巻いている作品です。揺らぎのあるセルリアンブルーの背景が目に鮮やかですね。青という色は空または海(水)を連想させます。一方、女性の服は赤茶色で、背景との対比により大地の象徴とも考えられます。画面右側のオレンジや紫の花には茎があり、まるで女性の身体から生えているようにも見えます。この作品は自然とその中で生きる人間の姿を描いたものであり、目を閉じるという行為は自意識からの解放を意味し、人が自然と一体になること、自然と調和することを花で象徴させたと考えることも出来そうです。あるいは、女性を糧に咲く花は女性自身が育てたもの、女性の内部からもたらされたものであり、目を閉じて物思いに耽る女性の形のない心が、目に見える形=花になって外にこぼれてきたのかもしれません。描かれた花は形も色もさまざまですから、女性の物思いは一つのことだけではなく、時間を掛けてしっかり根付いたものもあれば、風に紛れて空に舞うような、とりとめのないものもあるのでしょう。具体的に彼女が何を思うのかは分かりませんが、美しく多様な花を咲かせるような精神の豊かさを感じます。この作品は目を閉じて、ときに自分の心に目を凝らすことの大切さを描いているようにも思われます。背景の美しい青は女性が日常から離れた深い精神世界にあることを表現し、人はそうした物思いに耽るとき、目の前の現実に追われて過ごすのとは異なる流れの時間を生きていることを暗示しているのかもしれません。花が形のないもの、人の心の内からもたらされるものと考えるとするなら、「オルフェウスの死」で竪琴に乗ったオルフェウスの頭部を取り巻く花は、オルフェウスの歌かもしれません。ディオニュソスの信女に殺されたオルフェウスは、死してなお歌いながらレスボス島に流れ着いたという伝説があり、この伝説を主題に描いたモローの作品(「オルフェウス」1865年)はパリ万博で評判を呼んで国家の買い上げにもなっています。既存の神話や象徴体系に必ずしも依存しなかったルドンですが、作曲家を兄に持ち、「私は音の波の上に生まれた」*9とも語るほど音楽への思いは強かっただけに、この伝説を独自に表現したい気持ちを持っていたのでしょう。しかし、音楽には目に見える形がありません。形のない音楽に、ルドンが画家として与えた形が花だったのだろうと思います。また、オルフェウスは吟遊詩人ですから、歌で表現するものは自身の魂とも言えるでしょう。今わの際に歌ったオルフェウスの魂とは、亡き妻エウリュディケへの愛ではないでしょうか。したがって、ルドンが描いた花はオルフェウスの愛であるとも言えそうです。引き裂かれたオルフェウスの身体から溢れた血が花と化して、愛を歌う詩人の無残な亡骸を包み込み浄化する、そんな幻影を想像させられる作品だと思います。

ドムシー城の食堂装飾画


..ドムシー城の食堂装飾画
…ドムシー城の食堂の四方の壁を飾っていた装飾画は、壁面の窓や暖炉などに合わせて大小様々に形状の異なるカンヴァス計16枚から成っています。他の出品作が比較的小型のため、まずはその大きさが印象的でした。壁画の制作の注文を受けたルドンは、男爵とイタリアを旅行しているあいだもナビ派の芸術家ヴュイヤールの装飾画を意識していたそうです。また、装飾と植物というと、アール・ヌーヴォーの作品も思い浮かびます。ルドンは元々植物モチーフへの関心を持ち続けていたわけですが、ドムシー城の装飾壁画は、そうした関心を一つの大きな形にすることが可能な時代的環境が整ったことと、ルドン自身の画業の積み重ねによって結実したプロジェクトだったと言えるかもしれません。
…この作品は装飾ですから、具体的な生活の場面を想定して制作されていると思われます。ルドンは花に囲まれた人物を数多く描いていますが、花の壁画に囲まれた食堂に男爵やその家族が座すことで、この壁画は完成するのでしょう。描かれた植物モチーフにはひな菊やナナカマドなど実際に存在するものもあれば、現実には存在しない、もしくは判別がつかないものもありますが、全体として緩やかな連関が感じられます。黄色い花の咲く木は、ルドンが壁画の制作期間中、南仏のルノワールを訪ねた際に目にした満開のミモザに想を得ていると見られています。ミモザが春を、ナナカマドの赤い実が秋を感じさせますから、ヒマワリが描かれている「グラン・ブーケ」は夏でしょうか。しかし、「グラン・ブーケ」は全体の構成のなかで成り立っている他の壁画と異なり、一枚だけで成り立つ作品です。同時に、最も重要な一枚なのだろうとも思われます。壁画の制作に当たって男爵は赤や黄などの暖色を主調に描くことを求めたそうですが、「グラン・ブーケ」は花瓶の青が先ず目に入ります。注文主の意向に反しての配色ですから、理由あってのことでしょう。また、この作品だけパステルで描かれているのですが、パステルは照度の低い場所での発色が良いという特徴があるそうです。壁画が設置されていた食堂はかなり暗いそうなので、そうした中でもよく見えるようにという配慮なのでしょう。「グラン・ブーケ」の描かれた意図がどういったものなのか、なかなか想像もつかないのですが、花瓶に生けられた花は大地に根を張る自然物のミモザとも、図案化されて植物の記号となったひな菊の花やナナカマドの実とも異なる有り様を示しているのかもしれません。花瓶の花は大地から根を絶たれつつも実体を持っています。花瓶の青い色は水を連想させますし、そこからこぼれ落ちた実物の花は枯れてしまう代わりに、抽象的なイメージに生まれ変わるとも考えられます。一方で、「グラン・ブーケ」は色調の濃淡はありますが明確な影はなく、画面は明るいものの光源が定かでないように思います。強いて言うなら、花束の真ん中、まっすぐ伸びた傘のようなヒマワリがこの作品における太陽でしょうか。天を向く奇妙なヒマワリの周りには光が差しているかのようにうっすらと黄色が塗られ、花粉とも光の粒子ともつかぬ飛沫が施されています。影がない=実体がなく、花そのものが発光しているのはグラン・ブーケが心の目で見る花だからであり、根を絶たれた花を生かしている花瓶の水が「想起」なのかもしれません。ルドンは自ら描いた花について「再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな」*10と記していますが、再現と想起という言葉は確かなものと不確かなものについてのコローの教えを思い出させます。確かなもの=目に見える実物の花の再現と、不確かなもの=花のイメージに形を与えることを両立させ、双方の側面を併せ持つ存在として対象を表現すること。ルドンにとって「グラン・ブーケ」は、長年抱き続けてきたテーマのシンボルだったのかもしれません。

その他

…私が見に行ったのは三連休の初日でしたが、会期序盤でまだそれほど混雑していなかったため、じっくり作品を見ることができました。所要時間は90分程度を見込んでおくと良いと思います。ただ、スペースの狭い展示室があるのと、比較的小型の作品が多く近くで見る必要があるため、会場が混雑すると作品を見るのに少し時間がかかるかもしれません。
…作品保護のためと思われますが、会場内の照明は全体的に暗めです。また、会場内にはドムシー城の食堂装飾画(複製)の写真撮影が可能なスペースがありました。一連の装飾画は元々食堂の壁4~4.5メートル程度の高さに飾られていたそうですが、それを再現するためか高い位置に飾られていて、作品を見上げる感覚を実感できました。
ミュージアムグッズ売り場に八坂書房の「オディロン・ルドン 夢のなかで」という画文集が置いてあったのですが、音声ガイドで引用されているルドンの言葉が多数掲載されています。翻訳は図録の解説文のほうがこなれていると思いますが、ルドンが自作について語っている言葉をさらに知りたい場合は、お手にとってご覧になってみるのも良いかと思います。

 

*1:藤田尊潮訳編『オディロン・ルドン』八坂書房P22

*2:図録P56

*3:八坂書房『オディロン・ルドン』P23

*4:八坂書房『オディロン・ルドン』P22

*5:八坂書房『オディロン・ルドン』P32

*6:八坂書房『オディロン・ルドン』P32

*7:八坂書房『オディロン・ルドン』P16

*8:八坂書房『オディロン・ルドン』P54

*9:図録P58

*10:図録P143

ブリューゲル展~画家一族 150年の系譜 感想

…この展覧会は150年に渡って画家を輩出し続けたブリューゲル一族の作品を中心に、16~17世紀のフランドル絵画を紹介するもので、ローマやパリなどでも開催されたそうです。出品される約100点のほとんどがプライベートコレクションの所蔵のため、ほぼ全ての作品が日本初公開となっています。以下、見所や感想などをまとめてみました。

  •  概要
  • 感想
    • ピーテル1世「エマオへの巡礼」
    • ピーテル2世「鳥罠」
    • ヤン1世「水浴をする人たちのいる川の風景」
    • ヤン2世、ヘンドリク・ファン・バーレン「四大元素―火」
    • ヤン1世、ヤン2世「机上の花瓶に入ったチューリップと薔薇」
    • ファン・クレーフェ「農民の婚礼」他
    • ピーテル2世「野外での婚礼の踊り」
  • その他
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北斎とジャポニスム 感想

会期
…2017年10月21日~2018年1月28日
会場
国立西洋美術館
感想

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