展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

やまと絵 受け継がれる王朝の美 感想

yamatoe2023.jp

会場

東京国立博物館 平成館

会期

…2023年10月11日~12月3日

感想

見どころ

…この展覧会は平安時代から室町時代にかけての絵画、工芸品で構成されていて、国宝、重要文化財が目白押しという豪華な展示内容となっています。「やまと絵」と聞くと日本史の授業を思い出すのですが、実はその言葉の指すところは時代による違いがあり、平安時代から鎌倉時代にかけては中国的な主題を描く「唐絵」に対して日本の風景や人物を描く作品を「やまと絵」と呼ぶのですが、それ以降は水墨画など中国大陸から伝わった新しい様式による「漢画」に対して伝統的なスタイルによる作品を「やまと絵」と呼ぶそうです。
…日本美術は西洋美術に比べると作品が小型で描写が細かく、色彩が淡いため遠くからでは見えないことが多いように感じましたが、おそらく個人で愉しむ側面が強いのでしょう。やまと絵が移ろう四季の風物や心模様を詠んだ和歌と共に発展したことも一因かもしれません。キリスト教と密接に結びつき、宗教的動機から聖職者だけでなく信者の目にも触れる前提で制作された西洋美術の公共性に比べると、日本美術は描かれる内容、技法ともに見る者にとってより親密な性質を持っているように思います。

浜松図屏風(室町時代、15世紀)東京国立博物館所蔵 重要文化財

…やまと絵というと繊細優美なイメージがあるのですが、「浜松図屏風」(室町時代、15世紀)は海辺の松並木を描いた雄渾な作品で、ごつごつと逞しい幹に生い茂る松葉の緑が雲のように描かれていました。大きくうねる波が山のように盛り上がっているダイナミックな表現も面白かったです。

平家納経 分別功徳品 第十七(平安時代、長寛2年(1164年)奉納)広島・厳島神社所蔵 国宝

平安時代には華麗な装飾を施した法華経の経典がさかんに作られたそうです。西洋で中世に聖書の豪華な装飾写本が作られたようなものでしょうか。「平家納経 分別功徳品 第十七」(平安時代、長寛2年(1164年)奉納)は金箔が散るなかに蓮の花が咲き、平安装束の男女が描かれていて、源氏物語で紫の上が法会を開き奉納した法華経の経文は出品作のようなものだったのだろうかと想像しました。

源氏物語絵巻平安時代、12世紀)愛知・徳川美術館 国宝

…四大絵巻の一つ、「源氏物語絵巻」(平安時代、12世紀)からは病床の柏木と柏木を見舞う夕霧を描いた場面が展示されていました。人物の顔貌は類型化されているのですが、床に横たわる柏木の傍らに寄り添い、友を案じて身を乗り出している夕霧の姿からは心痛や悲嘆が伝わってくるようです。また、「源氏物語絵巻」だけでなく、作者である紫式部が宮中の日常を綴った「紫式部日記」の絵巻(鎌倉時代、13世紀)も作られていたことを初めて知りました。

辟邪絵 神虫(平安時代、12世紀)奈良国立博物館所蔵 国宝、病草子 眼病治療(平安時代、12世紀)京都国立博物館所蔵 国宝、「百鬼夜行絵巻」(伝土佐光信筆、室町時代、16世紀)京都・真珠庵 重要文化財ほか

…やまと絵は和歌をイメージの源泉として描かれ、描かれたやまと絵に触発されてさらに歌が生まれるという循環がありましたが、そうした優美で情趣豊かな王朝物語の絵巻だけでなく、「地獄草子」(平安時代、12世紀)や「餓鬼草子」(平安時代、12世紀)など恐ろしい主題や不気味な主題の作品も作られています。戒めや心構えを説くためなのか、もっと単純に怖いもの見たさなのか、いずれにせよ絵師にとって大いに想像力を刺激される主題なのでしょう。「辟邪絵 神虫」(平安時代、12世紀)にはぎょろりと目を見開き歯を剥いて捉えた鬼を鉤爪で握りつぶす禍々しい怪物が描かれていますが、邪悪に打ち勝つにはより強く恐ろしい存在でなければならないのかもしれません。病気にまつわる説話を描いた「病草子」(平安時代、12世紀)のなかに「不眠の女」という作品があって、現代的というか、昔の人も不眠に悩まされていたのだなと思いました。「眼病治療」では治療どころか目に鍼を刺されたために失明してしまう男の顛末が描かれています。背後からたらいを差し出す女性は怪しげな医者にすがる男の滑稽さを笑っているようで、シニカルな味わいのある作品です。仏や菩薩が地獄を平定しようと乗り込み、極楽と地獄の軍勢が戦う「仏鬼軍絵巻」(室町時代、16世紀)は現代のファンタジー作品のようですし、長年使い込まれるうちに妖怪となった古道具=付喪神をユーモラスに描いた「百鬼夜行絵巻」(伝土佐光信筆、室町時代、16世紀)など面白い作品もありました。

源頼朝像(鎌倉時代、13世紀)京都・神護寺 国宝

…国宝「伝源頼朝像」(鎌倉時代、13世紀)は足利直義の肖像であるという新説が提唱されるなど、近年論争が続いているのですが、冷静さと聡明さ、穏やかながら強い意志を秘めた気品溢れる人物像で、誰を描いたか不明でも紛う方なき傑作だと思いました。一連の作品と見られる「伝平重盛像」(同上)や「伝藤原光能像」(同上)も対象の個性をよく捉えていますが、頼朝像はそのなかでもとりわけ傑出した出来映えです。おそらく職人たちのなかでも頭領に当たる人物が手がけたのでしょう。個人的には、本人そっくりの等身大の像となると分身と言って良く、呪術的な意味合いさえ感じますからただの絵ではないのだろうなと思いました。

蒔絵箏(平安時代、12世紀)奈良・春日大社 国宝

…「蒔絵箏」(平安時代、12世紀)は楽器として使用するにはサイズが短く、奉納された儀式用のものだそうです。胴の表面には蒔絵で山岳が表現されているとのことですが、雲のようにも流水のようにも見える様式化された装飾で抽象画のようだと思いました。実用品ではないのですが、どんな音が鳴るのか聞いてみたい気もします。

砧蒔絵硯箱(室町時代、15世紀)東京国立博物館 重要文化財

…「砧蒔絵硯箱」(室町時代、15世紀)は蓋の表側に月夜の秋の野に置かれた枕が描かれ、裏側には秋草に埋もれそうな家のなかで衣を打つ男女が描かれていて、両面合わせて「衣打つ音を聞くにぞ知られぬる里遠からぬ草枕とは」(俊盛法師)という和歌を表現しています。一つの歌ですが、里の日常と旅という非日常、独り寝の枕と仲睦まじく衣を打つ夫婦とを表裏に分けて両者の対比を際立たせてもいます。近くて遠い穏やかで温かな営みの気配は、旅の孤独を一層募らせることでしょう。なお、蓋の表側には銀で「しられ・ぬる」という葦手書の文字が隠されています。見つけられれば描かれた主題のヒントが得られる仕掛けで、遊び心を感じますね。

その他

…私が見に行ったのは連休初日で会場がかなり混雑していたため、全てを丁寧に見ることは諦めて音声ガイドを聞きながらピンポイントで作品を鑑賞しましたが、絵巻物など作品を置いた状態で展示している場合は展示ケースの前で列の移動を待つ必要があったりして、鑑賞時間は2時間半ほどかかりました。チケットは平日は予約不要ですが、週末・祝日は事前予約が必要で当日券はありません。会場内の撮影は禁止です。ミュージアムショップでも会計待ちの列が伸びていたので、週末や祝日に行く場合は時間に余裕を持って出かけることをおすすめします。