展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

永遠の都ローマ展 感想


roma2023-24.jp

《会期》

…2023年9月16日(土)~12月10日(日)

《会場》

東京都美術館

《感想》

見どころ

…この展覧会はローマのカピトリーノ美術館の所蔵品を中心とする70点余りの出品作で構成されています。「カピトリーノ」はローマの七つの丘の一つで古代ローマの政治的・宗教的中心地であり、カピトリーノ美術館は15世紀後半の教皇シクストゥス4世をはじめとする歴代ローマ教皇古代ローマの美術作品をローマ市民に寄贈、公開したことが由来であるため、古代の彫刻作品が多く展示されていました。ほかには、バロック時代の油彩画や版画作品なども展示されていました。会場内ではトラヤヌス帝記念柱の石膏複製レリーフの撮影が可能です。所要時間は90分程度でした。

カピトリーノのヴィーナス

…この展覧会の見所である初来日の《カピトリーノのヴィーナス》(2世紀)は状態が非常に良好で、2世紀の彫刻と思えないほどでした。ボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》とも共通する、僅かに腰を屈めて腕で身体を隠す控えめなポーズで、初々しい女神の足下にはルトロフォロスという古代アッティカの婚礼用水入れがあり、火とかまどの神ヘパイストス(ウルカヌス)との結婚前夜の姿とも考えられるそうです。像の右半身側に立って見るとヴィーナスの横顔から首筋、右足の腿から爪先立った足先までが流れるように滑らかで、石でありながら石を超えた神々しさを感じました。

カピトリーノの牝狼

…《カピトリーノの牝狼》(20世紀の複製、原作は前5世紀)は古代ローマを扱った書籍などで必ずと言って良いほど目にする作品ですが、狼が前5世紀のブロンズ像なのに対して、乳を飲む双子のロムルスとレムスはルネサンス期に付け加えられたのだそうです。乳が大きく張り出した牝狼はちょっと可愛い顔つきで、猛獣の凶暴さはあまり感じられません。おそらく多産豊穣を祈念する目的で作られたものがローマ市民に寄贈され、カピトリーノの丘に運ばれたことで、「牝狼がローマの始祖ロムルスとレムスを育てた」という建国神話と融合してシンボルになったのでしょう。

負傷した牝犬、豹と猪の群像

…《負傷した牝犬》(前100年頃、原作は4世紀)はリアリズム溢れる作品です。痩せて引き締まった犬は折り曲げた後ろ足を身体に引きつけていて、舌で傷を舐めようとしているのでしょう。この彫刻はアレクサンドロス大王の獅子狩りのエピソードに基づく彫刻群像からの複製だそうですが、牝犬の複雑なポーズや耳を倒して苦しげな様子から、実際の犬の骨格や動作、習性等を注意深く観察していることが伺われます。《豹と猪の群像》(1世紀)は極限における生命の咆吼が伝わってくるような迫力があります。倒れてもがきながら猪の首に牙を立てる豹と、毛を逆立てて足を踏ん張る猪が格闘する姿は、円形闘技場で行われていた猛獣の闘技から着想を得たと見られているそうです。

皇帝たちの肖像彫刻

…出品された古代の肖像彫刻に全身像はなく、いずれも胸から上の胸像でしたが、ほぼ顔だけにもかかわらずモデルの人間性が伝わってきました。例えばカエサルとされる胸像は自信に満ちた頼もしい壮年のベテラン兵士ですが、カエサルの後を継いだ初代皇帝アウグストゥスは若々しく怜悧な微笑を浮かべています。五賢帝の一人で帝国の最大版図を築いたトラヤヌスは威厳ある超越的な皇帝というより実務家の印象で、帝国を隈無く巡察したハドリアヌスは精力的な相貌ですが笑顔はありません。短気な性格で感情が露わな顔つきのカラカラ帝など、モデルが皇帝でもそれぞれに写実的、人間的で個性的でした。また、女性の胸像はいずれも髪型が特徴的でした。《女性の胸像》(頭部:1世紀末~2世紀初頭、胸部:2世紀後半)これはヘアピース(鬘)をつけているのだそうです。

カンピドリオ広場

ミケランジェロが設計したカンピドリオ広場は中心にマルクス・アウレリウスの騎馬像が配置されていて、建築的な構造、訪れる人々の関心、ローマ市の政治権力など全てが収斂すると共にここから放射されるような印象を受けます。フィレンツェ時代のダヴィデ像もにしても、ミケランジェロは広場に置くように主張しているのですが、芸術品を大切に飾るのではなく現実の景観や政治的・社会的文脈のなかで生かすことを重視したのでしょう。星の模様のモダンな舗装は、20世紀になってから実現したそうです。

バロック絵画

…大きく両手を広げたフランチェスコの身振りが目を引くアンニバレ・カラッチ《改悛の聖フランチェスコ》(1583年頃)は、神の啓示を受けた非日常的、超自然的な一瞬が現実の風景の中に描かれています。ドメニコ・ティントレットの《キリストの鞭打ち》(1590年代)では剣を振りかざす青年(天使でしょうか?)と地面に倒れ込む鞭を持った役人、役人を庇う男、天使の後ろに立つキリストのそれぞれの身体がダイナミックに捻れ、画面いっぱいにひしめいています。マッティア・プレーティ《ディオゲネスプラトン》(1649~50年)ではイデア論を唱えたプラトンが光の中で書物を手に持っているのに対して、真実は剝き出しの現実にあるとしたディオゲネスが暗がりでランタンを灯す姿で対比されていて興味深い作品でした。
…なお、図録にはカラヴァッジョ《洗礼者ヨハネ》やグエルチーノ《洗礼者ヨハネ》が掲載されていますが、会場には展示されていませんでした。おそらく福岡会場に出品されるのだろうと思います。

トラヤヌス帝記念柱

…実物は台座を含む高さが40mにもなる《トラヤヌス帝記念柱》(113年)については、18世紀に制作された全景図と1/30の模型、及び円柱に刻まれたレリーフの実物大複製などが展示されていました。巨大な円柱は元老院ローマ市民からトラヤヌスに贈られたもので、ダキア戦争におけるトラヤヌスの勝利を祝う記念碑であると共に、内部にトラヤヌスの遺骨が納められた墓碑でもあります。出品されたレリーフダキア戦争に向けて船に食料を積みこむモエシア艦隊のローマ兵たちと敗北したダキアの王デケバルスが自害する場面の二点ですが、具体的かつ詳細に描写されていて記録を残す歴史書のような側面もあったのでしょう。ただし、近づいて悉に見ればどんな場面か分かっても、巨大な円柱の一部では実際にはとても見えない気がします。古代ローマの皇帝はしばしば死後に神格化されていますから、天に向かって聳える記念碑は神に相応しい捧げものとして建てられたのかもしれないと思いました。

《モエシアの艦隊》(トラヤヌス帝記念柱からの石膏複製)(1861~62年、原作は113年)

《デケバルスの自殺》(トラヤヌス帝記念柱からの石膏複製、1861~62年、原作は113年)

パイエーケス人の踊り

…個人的にはアントニオ・カノーヴァの《パイエーケス人の踊り》(1806年)が洗練された繊細なレリーフで印象に残りました。手を取り軽やかに舞う二人の踊り手はアルカディアの精霊のようで、牧歌的な古代への憧憬や郷愁が感じられました。