展覧会感想

西洋美術を中心に展覧会の感想を書いています。

モネ 連作の情景 感想

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モネ《睡蓮》1897~98年頃

会期

…2023年10月20日~2024年1月28日

会場

上野の森美術館

www.monet2023.jp

感想

見どころ

…この展覧会は「100%モネ」のフレーズどおり70点余りの出品作が全てモネの油彩画で構成されていて、モネの世界にのみ集中することが出来ます。展示構成は概ね年代順で、制作の傾向に沿った内容となっています。個人的にはオランダ滞在時に制作された初期作品を今まで見たことがなかったので、興味深く鑑賞しました。モネは気に入った風景を繰り返し作品に描きましたが、同じ風景だからこそ時刻や季節、天候によるドラマチックな変化が一層際立つのではないでしょうか。連作の舞台となった風景にはモネのこだわり、愛着があったに違いないのですが、移ろう光を追い続けてほとんど抽象画のようになった作品からは、モチーフの存在感以上に豊かな色彩そのものが織りなすドラマが伝わってくるように思いました。

1 印象派以前のモネ

《昼食》(1868~69年)

…《昼食》(1868~69年)は黒い絵の具が多用されたモネの初期作品で、光に照らされた食卓の母子と窓に背を向けた訪問者、部屋の奥から見守る使用人とが明暗によって対比されています。さじを持つ子供を見守っている母親は食事の作法を教えているところでしょうか。サロンには落選してしまったそうですが、家庭の温かさ、団らんの和やかさが感じられて親しみやすい作品だと思います。

《グルテ・ファン・ド・シュタート嬢の肖像》(1871年)

アムステルダムの北に位置する港町、ザーンダム滞在中に制作された作品で、女性の金髪やスカートは大まかなタッチで、右袖の質感や大きめのイヤリングなどは丁寧に描写されています。モデルの女性が黒いドレスを着ているのは父親の喪中のためで、光源に背を向けて佇む横顔の女性は手を堅く組み合わせたまま宙を見つめて物思いに沈んでいるようです。

《ザーンダムの港》(1871年)ほか

…モネは1870年に普仏戦争が起こると徴兵を避けてイギリスに渡り、さらにオランダに移ってその滞在中に制作しています。《オランダの船、ザーンダム近郊》(1871年)や《フォールザーン運河とウェスタヘム島》(1871年)ではオランダらしい空の低い風景で、海面すれすれに建つ家並みと比べると風車の巨大さが分かります。夕暮れ時の船着き場を描いた《ザーンダムの港》(1871年)では、暮れなずむ空に向かって伸びるマストの先端の吹き流しが風にたなびいています。画面手前の水中から突き出た杭がやや唐突に視界を遮りますが、とどまることなく変化し続ける雲や波、風と対比されて、流動する風景を支える不動の座標のようにも見えました。

2 印象派の画家、モネ

《ヴェトゥイユの春》(1880年)ほか

…《アルジャントゥイユの雪》(1875年)はバラ色に染まる冬景色で、白い雪道の所々が夕日に照らされ一際明るく輝いています。《クールブヴォワのセーヌ河岸》(1878年)は緑の点描で描かれた柳の枝越しに川に浮かぶ舟や対岸の風景が垣間見えています。対象がはっきりとしない、あるいは一部しか見えず、間接的に気配で表現する方法は後年のロンドンの連作にも伺われる傾向で、興味深いと思いました。《ヴェトゥイユの春》(1880年)は木立の枝が芽吹き始めた春先の風景で、草原の瑞々しい緑が眩しい作品です。晴れた空には青に混じってピンク色が使われていて、日差しの柔らかさ、温かさが感じられます。

3 テーマへの集中

プールヴィルの崖

…プールヴィルはノルマンディー地方の漁村で、モネが1882年に制作した作品では海岸沿いに崖が切り立つ特徴的な景観が表現されていますが、1897年に再び当地を訪れたモネは地形よりも天候や時刻による見え方の相違に着目しているようです。日差しに包まれて大気に溶け入りそうな朝の風景と、嵐が迫り海が激しく波立って砂浜に打ち寄せる風景とは同じ場所とは思えないほどの落差があります。

ヴァランシュヴィルの崖と漁師小屋

…ヴァランシュヴィルの断崖の上に立つ小さな小屋はナポレオン1世時代に税官吏の監視小屋として建てられましたが、その後は土地の漁師たちの倉庫や避難小屋として使われていたそうです。1882年にノルマンディーを訪れた際の作品では崖の先端に立つ小屋とその先に広がる眺望が澄んだ空気の中で明瞭な輪郭を保ち、白い帆の船が浮かぶ海は遙か水平線の彼方で晴れた空と溶け合っています。一方で、1894年から98年にかけて制作された作品では嵐にさらされた崖が量感や質感を失い、雲や波と一体となって逆巻いています。また、1882年の作品が赤や黄色の暖色で陽光の温かさを感じさせるのと対照的に、1894年の作品で空や海は青から紫のグラデーションで描かれ、崖の陰も青みがかった色が用いられていて雨の冷たさを感じます。モネは表現を研究するために、嵐の日も怯まず出かけたのかもしれませんね。

4 連作の画家、モネ

積みわら

…1880年代半ばに制作された作品における「積みわら」は、緑の草原やポプラ並木、休息する親子など、のどかな田園風景の要素を引き立てるモチーフかつシンボルとして描かれています。しかし、1880年代末から90年代になるとモネの関心は積みわらそのものの描写に移っていて、三角の帽子をかぶったような独特の形が前面に大きくどっしりと描かれています。

ウォータールー橋

…ウォータール橋をモチーフとする作品はロンドンの連作のうち最多の41点があり、いずれもテムズ川にかかる橋を比較的近くからやや斜め下方を見下ろすような角度で描かれています。モネはこれらの作品をサヴォイ・ホテルで制作し、さらにアトリエで仕上げました。霧に霞み乳白色の膜に覆われたような都市の様相は効果的に描き分けられ、曇りの日は橋も建物も暗い影に沈み、雲を赤く染める太陽に照らされた煙だけが白く輝いていますが、晴れた日の日没時は橋がバラ色に染まりテムズの水面に映り込んでいます。夕暮れを描いた作品では橋も河岸の煙突も青い夕闇に包まれてほとんど見分けが付かず、陽光の名残と灯り始めた夜の街明かりが暮色の迫る風景を効果的に引き立てていて、ホイッスラーの《青と金のノクターン》を連想しました。

《ウォータールー橋、ロンドン、夕暮れ》1904年
《雨のベリール》(1886年)

…《雨のベリール》は雨で霞む一面の花畑をラベンダー色の靄に包まれた風景として描いています。なだらかな地平は赤やピンクの花で覆われ、大気を満たして降り注ぐ雨の滴には地面の色が写り混じり合っています。モチーフの描写や空間の構築よりもまずは色彩への強い関心が伺われる平面的で装飾性の高い作品で、今回の展覧会で個人的に一番気に入りました。

5 「睡蓮」とジヴェルニーの庭

芍薬》(1887年)

…《芍薬》は生い茂る緑の中で燃えるように咲き乱れる芍薬の赤い花が補色の効果によって引き立てられています。モネの作品は大気を感じさせる青と光を感じさせる黄の組み合わせによって明るさ、軽やかさが生み出されていると思うのですが、後年になると赤と緑の組み合わせも目に付くように思います。画業と並んで庭造りにも情熱を注いだモネは、植物の色である緑とその補色の赤で草木の秘めるエネルギーを表現しようとしたのかもしれません。この作品も赤と緑、ことに炎に見まごう赤が印象的で、夏の暑熱にも勝る旺盛な生命力が感じられると思います。

芍薬》1887年

《睡蓮の池の片隅》1918年

…モネの初期作品は、風景画らしく空間の広がりやモチーフの配置が意識されていますが、移ろう光や空気の揺らぎに対する関心がより増えるにつれて奥行きが浅くなり、モチーフは前面に大きく描かれるようになっていくように思います。庭の睡蓮を描いた作品では空に浮かぶ雲も池の畔の木立も水面の反映としてのみ描かれていることが多く、睡蓮の花とともに織り込まれた一枚のタペストリーのようにも感じられます。平面的で装飾的な作品は抽象絵画に限りなく接近していくのですが、目に映る具象の世界をひたすら突き詰めた結果として抽象絵画の地平を切り開くことになったのが興味深いと思いました。

《睡蓮の池》1918年

6 その他

…展示室内は入ってすぐの映像ゾーンと、展示室後半部分の写真撮影が可能です。
…展示解説は少なめです。作品は全て壁掛けで、サイズも中型以上の油彩画なので後方からでも見ることは可能です。鑑賞時間は60分程度を見込んでおくと良いと思います。
…展覧会としては入場料金が高額で、平日は2,800円、混雑が見込まれる土・日・祝日は3,000円と料金に差があります。私が見に行った日は当日朝の時点でインターネットではチケットが完売していたのですが、美術館では当日券が販売されていて窓口に行列が出来ていました。サイトで購入できないから入場できないというわけでもなさそうですが、確実に入場するには事前にチケットを確保しておくことをおすすめします。
…また、特設ショップに入るにはいったん会場から出て外に並び直さなければならず、ここでも待ち時間がありました。なお、ショップへの入場にはチケットの提示が必要で、ショップだけの利用は不可です。平日に行くことが可能なら、そのほうが良いと思います。