イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜展 感想
概要
会期
…2021年10月15日~2022年1月16日
会場
構成
Ⅰ 水の風景と反映(27点)
Ⅱ 自然と人のいる風景(19点)
Ⅲ 都市の風景(7点)
Ⅳ 人物と静物(16点)
特別展示 「睡蓮:水の風景連作」(3点)
見どころ
…この展覧会では、イスラエル博物館が所蔵する印象派の先駆者や印象派、ポスト印象派の画家たちの油彩画69点が展示されています。フランスの画家が中心ですが、ドイツで活動したレッサー・ユリィなどの作品も出品されています。なお、特別展示としてイスラエル博物館所蔵のモネ《睡蓮》(1907年)と同主題、ほぼ同年に描かれた日本国内美術館所蔵の《睡蓮》が3点出品されていて、モネが同じ構図でどのように描き分けているか見ることが出来ます。
…出品作をジャンル別に見ると、風景画、特に水辺や田園などの自然を描いた作品がおよそ三分の二を占めています。これは印象派の関心が、戸外の移ろう光のもとで刻々と変化する色彩の追求にあったためでしょう。
…会場のうち、第二章の展示室は写真撮影が可能でした。主要な作品には展示解説があります。所要時間は60分程度です。チケットは日時指定制なのですが、土・日や平日午前の時間帯は早々に予約が埋まっていて印象派作品の人気ぶりを改めて実感しました。
感想
第1章 水の風景と反映
…《川沿いの町、ヴィル=ダブレー》(1855~1856年頃)をはじめ、コローの描く水辺の風景は木立や草原の緑に閉ざされた静謐さがあり、移ろいやすい一瞬の姿ではなく、時を超えてひっそりと輝く安らぎの場所として描かれているように思います。
…一方、《川の風景、バ=ムードン》(1859年)などドービニーの作品では開けた流れる水辺が描かれています。ゆったりとした川は風景を映す水鏡でもあり、空模様や水面の波立ち具合によって生じる変化を表現することに関心があるように思われます。
…コローやドービニーの作品に比べると、シスレーの作品は印象派らしく明るい色彩です。《サン=マメス、ロワン川のはしけ》(1884年、及び1885年)は同じ主題、近い年代で描かれているのですが、1884年の作品がやや引いた視点から水面を点描で描き、昼間の日差しのきらめきを捉えているのに対して、1885年の作品ではより川の近くから艀を揺らす水面のうねりを長めの筆触で描写しています。
…モネの《睡蓮の池》(1907年)には岸辺も空も描かれていません。水上に乗り出すような視点は鑑賞者を池の中に誘い込み、波のない水面は木の影と空を写す鏡と化して、まるで池の底に空が続いているかのような錯覚をおぼえます。画家は風景画らしい空間の広がりよりも、限られた範囲の水面を照らす光の変化に関心があるのでしょう。しかし、池と陸地の境界が見当たらないため、かえって水面がカンヴァスの外にまで広がっていくようでもあります。なお、同じ1907年に同一の構図で描かれた《睡蓮》が特別出品されていて、刻々と移ろう光=色彩の変化を見比べることが出来ます。
第2章 自然と人のいる風景
…暗い岩穴から流れ出る澄んだ川の流れを描いた《森の流れ》(1873年)や、鬱蒼と茂る木々の間から姿を現す大岩を描いた《岩のある風景》(1872年)など、クールベの作品では人の手が入っていない野生の自然の荒々しさや力強さが表現されています。
…一方、ピサロの《豊作》(1893年)や《朝、陽光の効果、エラニー》(1899年)では人々の暮らしと共にある、日常的で親しみのある自然が描かれています。
…第1章に展示されている作品ですが、ブーダンの《ベルクの浜辺》(1882年)では、砂浜に寝そべったりパラソルを差したりしている女性たちのなかに家畜や地元の女性が紛れていて、地域の住民の伝統的な生活の場であった海辺が都市住民のリゾート地に変貌していく様子を見ることが出来ます。
…ゴーガンは近代文明から遠く離れた原初の自然のなかで生きる人々を描いています。日盛りの暑熱のなかで人々が怠惰に横たわる時が止まったような《マルティニークの村》(1887年)と、闇の中で燃え盛る火を囲んで踊る人々や寄り添う恋人たちを描いた神秘的な《ウパ ウパ(炎の踊り)》(1891年)とが対照的で印象に残りました。
第3章 都市の風景
…アルマン・ギヨマン《セーヌ川の情景》(1882年頃)は船から荷を運び下ろす人々の背後でクレーン船が石材のようなものを吊り上げています。画面右側の川岸は工事中なのでしょうか。荷を引く馬や手押し車を押す人が描かれ、船の煙突から湧き上がる煙は工業化、近代化のエネルギーを象徴しているように感じられます。
…レッサー・ユリィ《冬のベルリン》(1920年代半ば)では、雪曇りの空の下、凍てつく冷気に包まれた街を歩く人々のファッションや路上の自動車がモノクロームに近い色彩で描かれていて、都市生活の洗練と憂愁が表現されています。また、同作者による《夜のポツダム広場》(1920年代半ば)は、濡れた路面に滲む窓の灯りや街灯、ネオンサインなど夜の街を彩る人工の光と傘を差して行き交う人影とが交錯していて、雨夜の街路の活気を感じることが出来ます。
第4章 人物と静物
…ヴュイヤール《長椅子に座るミシア》(1900年頃)は壁紙、肘掛け椅子、長椅子、そして長椅子に寝そべり新聞を読む女性のドレスの模様など様々なパターンがちりばめられた装飾的な作品で、くつろぎと安息に満ちた室内空間が表現されています。
…ボナール《食堂》(1923年)は暖かみのある黄色や褐色で描かれた妻のマルトやテーブル上の果物などと、格子柄のテーブルクロスの爽やかな青とが対比されています。マルトの表情は窺えませんが、画面右端に描かれた人物と共に愛犬を挟んで遣り取りしているのでしょうか。穏やかに流れる時間が感じられる作品だと思います。